+10万ヒット記念企画「夏」+


3.キララク編


















「あらあら、皆さんそんなに動いてはせっかくの浴衣が乱れてしまいますわ」
「ラクス、予備のヨーヨーはこれで全部?」
「はい。それがなくなってしまったら、そこで終了の予定です」
「わかった」
「ラクスー、おびがへんになっちゃった〜」
「ふふ、こちらへいらして下さいな」

お祭り当日、マルキオ邸にてラクスとキラそして子供たちは忙しく過ごしていた。
夕方からは子供たちと企画したヨーヨー釣りのお店を出すことになっている。その準備を随分と前から頑張っていたらしい子供たちは、昨日は楽しみのあまりなかなか眠れず大変だった。そして今日も朝からハイテンションである。
…きっと夜にはエネルギー切れを起こすこと必至だ。

浴衣をせっかく着せてもらったものの、じっとしていられない子供たちはすぐに着崩してしまう。
それをラクスやカリダなどが直してあげるものの、同じことの繰り返しになるだろう。
同じく浴衣を着たキラは苦笑しつつ、持っていく道具をまとめていた。

「やれやれ、子供ってのは元気だねえ」
「ムウさんこそ、昨日は楽しそうだったじゃないですか。マリューさんの浴衣が見られるって」
「ゆっくり回れる時間があればなお最高。…はあ、子守で終わりそうだよな」
「マリューさんは楽しそうですけど」
「俺は微妙なの」

不満げに眉を寄せるムウも浴衣を身にまとっているが、彼らしく着崩している。
部屋の奥から姿を見せたマリューが、ムウったらと笑って崩れた部分を丁寧に整えた。その姿はまるでネクタイを結ぶ妻のようで、先ほどまでの不機嫌さが嘘のようにムウは相好を崩している。
マリューも同じく浴衣なのだが、彼女らしくとても大人っぽい色合いでなかなかに艶めかしい。

「キラ!そろそろ出発するって」
「ありがとうミリィ。いいの?手伝いしてもらっちゃって」
「いいの、いいの。私だって好きでやってるんだし」
「僕たちはありがたいけど…」
「ならありがたく受け入れてちょーだい」

車に荷物を運び込む作業を手伝ってくれていたミリアリアが笑顔を見せる。
久しぶりにオーブに戻ってきていた彼女は、今回のお祭りにもカメラを持参するらしい。それらで平和な風景を撮りつつ、店の手伝いもしてくれるというのだからありがたい。
行くわよー、という声に子供たちが元気よくはーいと返事を返す。
賑やかな様子に、ラクスとキラは顔を見合わせてから小さく笑みを零した。

















「いらっしゃいませー」
「ありがとうございました!」

ヨーヨー釣りの店はなかなかに盛況で、店番を子供たちがしているというのもあるかもしれない。小さな子供たちが一生懸命に声を発している姿に、行き交う人々が優しい微笑みを浮かべているのが分かる。
売り物であるヨーヨーの柄も、実は子供たちが描いたものだ。
自分たちが作ったものがお客に持って帰ってもらえることが相当嬉しいようで、子供たちは夢中になって店番をしている。

少し離れた場所でそれらを見守りながら、キラはふと隣りのラクスへ視線を向けた。
その視線に気付いたラクスが振り返り、ことりと首を傾げる。

「どうかなさいまして?」
「…うん、浴衣すごく似合ってるなって思って」
「ありがとうございます。キラも、とても素敵ですわ」
「そう?昔の引っ張り出してきただけなんだけどね」
「だって私、先ほどからずっとどきどきしていますもの」
「え」

ほんのりと頬を赤く染めるラクスは、浴衣に合わせて桜色の髪を結い上げている。
細いうなじが目に入り、襟足からのぞく白い素肌が自分を誘う。
ものすごい吸引力だ、と拳を握ってキラは色々な衝動を必死に押し殺した。
恥ずかしげにこちらを見上げるサファイアの瞳が、さらに胸を燃え立たせるとしても。
子供たちを放置するわけにいかないし、ここ人前だし。
うん、我慢我慢、耐えろ僕。

「そ、ういえばカガリたちもこの祭りに来るって言ってたね」
「えぇ。代表の視察として顔を出してくださるそうですわ」
「そのまま遊びに走っちゃいそうだけど」
「ふふ」
「そこのお二人さん、いちゃついてるとこ悪いんだけどさぁ」
「あれ?ディアッカ。オーブに来てたんだ」

店に顔を出した見慣れた顔に、キラは瞳をぱちぱちと瞬いた。
いらっしゃいませ、と微笑む歌姫に片手を挙げて応えたディアッカの横には、生真面目な様子で敬礼してみせるイザークとシホが並んでいる。オフでもラクスに対する態度は変わらないらしい。なんとも似た者同士だ、とキラは笑みを噛み殺した。
そしてニコルとラスティ、ミゲルも顔を出して途端に賑やかになる。

「よっし、皆勝負しようぜ」
「ふんっ、俺に勝てると思ってるのかラスティ」
「いんや?お前に勝てるのなんてアスランぐらいだろ」
「ラスティ、お前な…。火に油を注ぐようなこと言うなよ…」
「あ、悪い」
「アスランに俺が負けるはずがないだろう!いいか、見てろ。必ず今夜はアスランを」
「隊長、私もお手伝い致します」
「…イザーク、素晴らしい部下がついてよかったですね」
「………なんだニコルその妙な視線は」

腕をまくってヨーヨー釣りに挑戦するラスティと、子供たちと楽しげに会話を始めるニコル。やはり勝負事に発展するイザークと、それを応援したり共に加わったりしているシホ。そして巻き込まれるミゲル。
相変わらずの賑やかな面々に、子供たちがびっくりしているが、ラクスが優しく会話に加わってフォローしてやる。そうすればすぐに馴染んで、一緒に楽しみはじめどんどん賑やかになっていく。
こういう活気も悪くないな、と穏やかに見守るキラの傍にディアッカがやって来た。

「なあキラ、ミリアリアは?」
「いま休憩中。お祭りの様子撮ってくるって言ってたけど」
「そっか。んじゃ俺も行くとするかな」
「頑張って」
「なんかお前に言われると複雑」
「え、なんで」
「勝ち組の余裕って感じ?」
「そ、そんなんじゃないよ」

むしろ負け組なんじゃないだろうか、と思っていたりする。
そんなキラの内心での葛藤など知るよしもなく、ディアッカはじゃあなと人ごみに紛れてしまった。イザークたちはいまだ大騒ぎである。
ミリアリアと共にこの時間を過ごしたい気持ちはもちろんあるのだろうが、騒々しいメンバーと別行動をとりたかった気持ちもあるのではないだろうか。そんなことをキラは思ってしまう。

「キラ、お前も混ざれって」
「僕も?」
「いいだろう、借りを返してやる」
「イザークと渡り合えるのはキラぐらいかもな」
「頑張って下さい」
「え、うん…?でも僕アスランほど何でもかんでも出来るわけじゃ…」
「この傷の礼はたっぷりさせてもらうぞ」
「いや、もうないだろあれ。綺麗に消えてんじゃん」
「隊長、頑張って下さい」
「あぁ、任せろシホ」
「………えーと、やること決定なんだね」
「頑張って下さいな、キラ」
「………うん、頑張る…」

がっくりと肩を落としたキラは、めらめらと闘魂燃えるイザークの隣に腰を下ろす。アスランはこれに毎度付き合っているわけで、だからあれほど疲れた表情を見せるのかと納得してしまった。
楽しげに見守るギャラリーの視線が痛い、と思いつつも。ラクスとさらには子供たちにまでがんばれー!と応援されてしまう。これは負けるわけにはいかないかな、とキラもイザークと同じように腕をまくった。

やはり、やるのなら勝ちたいではないか、と。


















下駄の独特な音が闇夜に響き、キラはラクスの手を握りながらのんびりと歩いていた。
結局イザークとの勝負は引き分けで、悔しげにしていた彼の表情が印象的である。
負けなかったのだからまだいいのではないか、と思うのだが。

「こんなに笑ったのは久しぶり」
「そうだね。でもせっかくの休日だったのに休めなかったんじゃない?」
「確かに身体は疲れているかもしれませんが、心の休息にはなったと思いますわ。とても潤っていますもの」
「…うん。なんだかささくれ立ってた気持ちが落ち着くよね」
「はい。こうした温かい時間を私たちは守ってゆきたいのだと、改めて気付かされました」
「…そうなんだよね。つい、忘れがちになるけど」

こんなにも当たり前に傍にあるものなのに、どうしてひとは見失ってしまうのだろうか。温かく、優しく、少し賑やかな時間。大切なひとたちと過ごすこの時間が、実はとても脆く儚いものなのだと、つい忘れてしまう。
失ってから気付いても、遅いのに。

繋いだ手をぎゅっと握れば、ラクスは何も言わず肩に頭を預けてくる。
腕に感じることのできる温もりが愛しくて、キラはもう片方の手をそっと伸ばした。
滑らかな白い肌に触れれば、くすぐったそうに綻ぶ笑顔。
本当に平凡な幸せを願う少女なのに、ラクスは世界のためにと惜しみなく働き続けている。
その助けに少しでもなれていればいいのだけれど。
そうアメジストの瞳が揺らがせる青年に、ラクスは自分の頬に触れる彼の手をとった。

「キラがいてくださるからこそ、私は忘れずにいられるのだと思います」
「ラクス……」
「きっと皆そうなのです。傍にいる大切な誰かのために、頑張ることができるのですわ。それらがいつか、皆が笑っていられる世界へと繋がっていくのだと」
「うん、そうだね…。僕も、ラクスがいてくれるから、歩いていける」

絶望に染まりそうになるたび、あえやかなこの声が自分を導いてくれた。
優しい歌声と、包み込む温もりに自分は幾度助けられただろう。
彼女は自分にとって暗闇の中にある光の導だ。
その細い体を抱き締めれば、ラクスは身を預けて背中に腕を回してくれる。
柔らかい彼女の髪に鼻を埋めて、甘い香りを感じた。

「いつも、ありがとう。…これからも、よろしくね」
「…はい。いつまでも、一緒に」

互いの唇が近づきそっと瞳を閉じる瞬間。
見詰め合った瞳の中に、闇夜に散る花火が映った。



















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