+++ 飛 翔 +++


18.響く心


















ラクスを送り出したキラは、約束していた場所でミリアリアと合流していた。
無事にフリーダムに彼女を収容し、アークエンジェルへと向かうために海中を進む。

また友人を戦争に巻き込んでしまう。
そんな思いが表情に出ていたのだろう、ミリアリアに小突かれてしまった。
自分で決めたことだって言ったでしょ、と頬を膨らませる友人に心の中で感謝する。

ようやく母艦へと辿り着いたフリーダムに水密ハッチが閉じ、隔壁内の海水が排出されていく。
それから機体は格納庫へと運ばれ、キラとミリアリアはリフトに乗り移った。

「マードックさん!」
「いよう!嬢ちゃん!」

リフトから元気よく呼びかけるミリアリアに、作業服のままマードックが笑みを浮かべる。

「なんだなんだぁ?こんなとこ来てちゃ、嫁のもらい手がなくなっちまうぞ!」
「いーのよ。私のやることにあーだこーだ文句言う男なんて、こっちから振ってやるんだから」

ひらひらと手を振ってみせる友人に、キラは微妙に顔を引き攣らせる。それはマードックも例外ではなかったようで、「うへえ」と冗談まじりに首をすくめてみせた。
本当に、ミリアリアは色々な意味で強くなってしまったように思う。
…そしてやはりディアッカは振られてしまったのだろうか。

「ともかく、またよろしくね!」
「おうよ!嬉しいぜ、嬢ちゃん!」

マードックとミリアリアがぱしっと手を打ちあわせる。心強い仲間が増えたことを、彼らも喜んでいる。
この温かい空気に笑みを浮かべて、キラは先にロッカーに向かうと言い置いて歩き出した。

年齢も違えば生まれ育った国も違う。
軍人として生きてきた者、もとは学生だった自分たち。
様々な者が集まってクルーとして協力しあっている。

そのことが温かく、勇気をくれる。

「着替え終わった?」
「あれ、待っててくれたの」
「だって一人で艦橋に行くの照れ臭くて」
「もう前にも来てたのにいまさら…」
「いーでしょ、気持ちの問題よ。ほらほら、さっさと歩く!」

更衣室の前で待っていたミリアリアに目を丸くすると、そのまま腕を引かれてしまった。
慌てて足を動かしながら、女の子の気持ちはよく分からない…と褐色の髪をかく。

「キラ、その制服似合うじゃない」
「あぁ、これ?でもなんかこう…着心地が悪いっていうか」
「何で。よく似合ってるわよ」
「うん…。けどこれオーブの軍服でしょ?僕たちは別にオーブ軍人ってわけじゃないし…コスプレとかしてる気分になるんだよね…」
「あはは!コスプレ!」
「…そこまで笑わなくても」

だが自分たちは地下活動をずっと続けている身で、専用の制服を用意するゆとりなどない。
だから文句を言うつもりはないのだが、それでも違和感というのは覚える。
どの軍にも所属などできない思想を持つ自分たちが、オーブを象徴する軍服を着るというのは。
なんだか勝手に拝借している気分で、申し訳なくなるのだ。…実際勝手に拝借しているわけだし。

「キラって変なとこ真面目よね」
「…そうかな?」
「どうせ仲間以外に見られることないんだし、いいじゃない」
「まあ、それはそうなんだけど…」

艦橋へと続くドアが開いた瞬間、そこに漂う緊迫した空気にキラは紫苑の瞳を細めた。
ノイマンがマリューへと声をかけているのが見える。

「ミネルバがジブラルタルへ向かうと読んでの布石か……連合も躍起になってますね」
「どうしたんです?」

キラがミリアリアと共に艦橋に足を踏み入れると、クルーたちが嬉しそうに顔を輝かせた。
急に明るい空気になって、みんなもミリアリアが合流するのを喜んでいることが伝わってくる。
エルスマンとは?と聞かれて振っちゃった、と返すミリアリアのあっけらかんとした声が聞こえた。

…やはり、ディアッカは振られてしまったらしい。
恐らくミリアリアのすることに、あーだこーだと文句を言ってしまったのだろう。

微妙に遠い目でかつての戦友を思ったキラの耳に、通信機の着信音が聞こえてくる。
視線をそちらへ移動させれば、ラクスが座っていたそこにいまはカガリがいた。
慣れない手つきで入ってきた電文を開く姉の様子に、なぜかキラまでもがはらはらする。
すると、すっとミリアリアが後ろからモニターを覗き込んだ。

「暗号電文です」

懐かしい、凛とした声を響かせるミリアリア。
その姿は、数年前に管制を担当していた仲間のもの、そのままだった。

「ミネルバはマルマラ海を発進、南下」

その言葉にマリューや他のクルーたちが息を呑む。

「これで決まりね。オーブ軍はクレタでもう一度、ミネルバとぶつかるわ」

恐らくミネルバが向かう先はジブラルタル。
その途上ではクレタにオーブ軍が展開しているのだという。
また再び、オーブとミネルバがぶつかる。

キラの脳裏には、夕映えの中、久しぶりにまみえた友の姿が浮かんでいた。

アスランは、オーブへ帰れと言っていた。
彼の言うことも正しいとは思う。確かに自分たちは現在、戦場を混乱させてばかりだ。
だから彼は、自分たちにオーブへ戻って条約を破棄しろと言う。

その言葉を思い出したのか、カガリの表情にも翳りが見られた。


――― あそこで君が出て、素直にオーブが撤退するとでも思ったか!
     君がしなけりゃいけなかったのは、そんなことじゃないだろう!


アスランの言葉は真っ直ぐだ。だからキラもカガリも迷う。
自分のとる行動は、ただの自己満足であり、我が儘でしかないのだと、思うから。
それでも、目の前で命を失おうとする者たちがいる。
自分たちが何もできなかったために、誤った方向へ銃口を向けてしまった者たちがいる。

国の元首として、条約を拒むことができなかったカガリ。
ただ安穏と虚ろな日々を送り、何も為せなかったキラ。

いま危機にさらされているオーブ軍の存在は、自分たちにも要因がある。

「…くそ!」

拳を叩きつけるカガリに視線を送り、キラは目を閉じた。
為政者としてあろうと務めながら、それでも小さな命すらも惜しみ、犠牲に痛みを感じるカガリ。
そんな彼女を、自分は好きだと思うし、昔からそのひたむきさに救われてきたのだ。
だから。

「行きましょう」
「え?」
「…っ!?」
「ラクスも言ってただろ?―――まず決める」

穏やかな微笑を浮かべる弟に、カガリはラクスが重なって見えた。

静かに、ただただ優しく呟いていた、ラクスの言葉。
まず決める。そして、やり通す。それが、何かを為すときの、唯一の方法だと。

「キラ…」
「だから君は、行かなくちゃ。…そうだろ?」

キラの声は穏やかなのに、その底には決然とした意思が感じられる。
自分はどうすればいい、とカガリは拳を握って目を閉じた。
父が愛し、守り抜いた祖国。そこに生きる民を、国を、自分は守りたい。
けれど、いま進もうとしている道は本当に正しいのだろうか。

オーブが間違ってしまったことは分かる。あの条約は、結んではいけないものだった。
だが、間違いが分かったとして、どうすればそれを正せるのだろう。民を、救えるのだろう。

「アークエンジェル、発進準備を開始します」
「!?」

いつの間にかノイマンが操舵席に着いており、他のクルーたちも作業を始めている。
みんながオーブ軍のもとへと向かうつもりなのだと分かって、カガリは金色の瞳を瞠った。

そしてそんなカガリの肩に、ミリアリアが手を置いて笑う。

「どいて」
「え?」
「あなたには、他にやることがあるでしょう?…ここには私が座る」
「ミリアリア……」

仲間の力強い微笑みに、カガリは目が潤むのを感じて慌てて立ち上がった。
通信士の席に座ったミリアリアは、手際よく画面を操作していく。
そんな姿に、マリューはキラが浮かべていたものと同じ、複雑そうな表情を見せた。

「あなたがそこに座ってくれるのは心強いけど……でも、いいの?せっかく……」
「ええ。世界もみんなも好きだから、写真を撮りたいと思ったんだけど、いまはそれが全部危ないんだもの。…だから守るの。私も」
「そう……ありがとう」

これまで身につけた技術やキャリアを投げ打ち、自分たちとともに戦う道を選んだミリアリア。
その決定を、キラはもうどうこう言うつもりはなかった。
軽やかな笑みを浮かべる友人の言葉は、誠実で温かく、優しい。
自分たちと同じ思いで戦ってくれる同志がいることを喜んで、キラはカガリの手をとった。

「キラ?」
「僕たちは着替えて格納庫に行かないと」

そのまま艦橋を出る自分たちに、クルーは頼むな!と笑顔で手を振る。
どこかのんびりとした空気の仲間に呆れつつ、カガリは戸惑ってもいた。

「お、おい、キラ!手を離せ!」
「カガリ、一度決めたことはやり通さないと」
「………え?」
「オーブのひとたちに、この戦いは間違ってるんだって、伝えなきゃ」

ずんずんと自分の腕をつかんだまま歩くキラに、カガリは彼の背中しか見ることができない。
…いつの間にキラはこんなに背が伸びていたのだろうか、とふと思う。
一緒にいられる時間は少なくて、彼もどこか別の場所を見ているようで会話も曖昧で。
だから気付かなかった。知らないうちに、キラが大きくなっていたことに。

昔は、自分が腕を引く側だったのに。
いつの間にか、引かれる側になってしまっている。

そのことがひどく、悔しくて。

「ええい、離せ!」
「…決まった?」
「もうとっくに決めてる!」

眉間に皺を寄せて怒鳴る姉に、そっかとキラは笑う。
足を止めて振り返った弟を見上げ、カガリはわずかに瞳を揺らすと口を開いた。

「…また声は届かないかもしれない。それでも、私は彼らに呼びかけたい」
「うん」
「私のために、その命を散らさぬよう…オーブの力を、間違ったことのために使わないように」
「そうだね。カガリが声を上げて訴え続けることを決めたのなら、僕たちも協力するよ」

そのために、ここにいるんだから。

そう笑って手を伸ばしたキラは、こちらの目尻を親指でそっとぬぐう。
またもや涙が滲んでいたらしいと、そのときになってようやく自覚した。

「お、お前!こういうことはラクスにしろよな!?」
「え」
「この数年の間にたらしになったんじゃないのか」
「ええ」
「…あ、いや違うか。お前はもともと女にだらしがないんだったな」
「ちょ、言いがかりはやめてよ!」
「押しに弱い男のくせに」
「アスランほどじゃないよ!」

ぎゃあぎゃあと喧嘩しながら廊下を二人で駆ける。
お互いが相手の存在に支えられ、助けられていることを自覚しながらも。
それを口にすることはない。

だってこうしていれば、それだけで心は通じるから。















「相変わらず、お前さんたちは賑やかだよなぁ」
「あはは…すみません」
「いーかキラ!お前が女にだらしないのは事実だからな!」
「だから誤解招くこと言わないでよ!だいたいカガリだってアスラン以外と結婚しようとしたくせに」
「うぐっ…!あ、あれはだな」
「僕はいまはラクスしか見てないもん」
「もんってお前…」

うぐぐ、と悔しげに拳を震わせるカガリにつんとそっぽを向いてキラはフリーダムに乗り込む。
緊張感ねえなぁとぼやくマードックの声が聞こえてくるが、まったくだと自分で思ってしまった。

起動準備に入っていると、カガリが通信を繋げてくる。

<なあ…キラ>
「なに?」
<…やっぱり、アスランにも…だらしないって思われた、よな>
「え」

このタイミングでそうくるか。
と思ったものの、根が真面目な彼女のことだ、ずっと気にしていたのだろう。
戦闘前に地雷踏んじゃったかな、とヘルメットをかぶりながらキラは苦笑した。

「そんなの、アスランはとっくに知ってると思うけど」
<は>
「カガリがだらしないっていうのは」
<意味が違うだろ!?>
「きっと分かってるよ。カガリが好きなのはアスランで、あの結婚だってただの政治的なものなんだって。アスランの方がよっぽど政略的なものに詳しいじゃない」
<それはまあ…そうなんだが>

ぶちぶちと画面のむこうで呟いているカガリは、普通の女の子だ。
変な緊張をしていないのは良いことだが、緊張感がなさすぎるのもどうなのだろう。

「それよりカガリ、嫌な誤解はやく解いておいて」
<嫌な誤解?>
「僕は別に女の子にだらしなくないから」
<天然か、始末が悪い>
「………カガリに言われたくない」
<ちょっと二人とも、そろそろ発進シークエンスに入るわよー>

呆れたような声が割って入り、画面にはミリアリアの姿が映し出される。
ひょっとして自分たちのいまの口論は艦橋に筒抜けだったのだろうか、と冷や汗が出た。
だが、聞いてたのは私だけよ、とミリアリアに言われてほっと肩の力を抜く。それはカガリも同じのようだった。いまの会話をみんなに聞かれていたら、恥ずかしさで顔から火が出る、絶対。

ごほん、と咳払いしてキラもカガリもOSをチェックしていく。
準備が整ったことを確認して伝えると、モニターのむこうでミリアリアが笑った。

<システム、オールグリーン。発進、どうぞ!>

懐かしい、と目を閉じる。

数年前のあの頃。自分はいつもこの声に送り出されていた。
孤独な戦場にあって、友のこの声が自分を繋ぎとめてくれていたことを思い出す。

失っていたもののひとつを、取り戻したかのような気分で。

<カガリ・ユラ・アスハ、ストライクルージュ出るぞ!>

操縦桿を握り、ペダルを踏み込む。
これ以上、失わないために。自分たちは決めたことをやり通すしかない。

その先にあるものは、まだ見えなくても。

<キラ・ヤマト、フリーダムいきます!>

互いの存在が、力を与えているのだから。




















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