+++ 飛 翔 +++


22.見守る瞳














「しかし、スカンジナビア王国に匿われてらしたとは…」

フィヨルドのドックまであと少し。
艦内の食堂ではオーブの主だった軍人たちが集まり、カガリを囲んでいた。
同じ祖国の者がこうして共に戦ってくれている事実が、彼女に笑顔を取り戻させている。

「国王陛下と、ごく身近な方々しか知らぬことだがな。だが、本当にありがたいことだと思っている。お父様のことを、いまでも惜しんでくださって……」
「地球軍の攻撃を受けたおりも、真っ先に救援くださいましたな、あの国は」
「ああ…」

同じく穏やかな表情で語り合うオーブ軍人たちに、カガリは表情を引き締める。

「私はまだ、そういったものに守られているだけだ。あなた方のことにしても」

こうして集ってくれたことは嬉しい。
だが、本来は自分がオーブの民を守らなければならない立場で、そうしたいとも思う。
けれどいまはまだ自分には何の力もなく、彼らやアークエンジェルの皆、スカンジナビアの人々に助けてもらっているのが現状だ。そう語れば、そんなことはないと兵士たちは首を振ってくれる。

間違った決断をしてしまった自分を、彼らは許してくれているのだ。
自分のような未熟な人間を信じて許してくれる人々がいる。
その事実に胸が熱くなり、カガリは声をつまらせながらも言葉を紡いだ。

「だが、ならばいまはそれに甘えさせてもらい、いつの日かきっと、その恩を返す!」

少し前の自分にはできなかったこと。
傍にいる者と重荷を分かち合い、共に進むことで道が開けるのだと気付けなかった。
だからあんなにも迷い、苦しみ、果てには間違った決断をしてしまったのだ。
少し周りを見回せば、ちゃんと自分を支えてくれるひとたちはそこにいたのに。

「まだ間に合うというのなら、お父様のように、常に諦めぬよき為政者となることで…!」
「カガリ様!」
「ついてまいります、カガリ様…!」
「オーブ国内には、セイランのやり方に反対し、カガリ様が戻られるのを心待ちにしている者も多くおります」
「自分には政治向きのことはわかりませんが、この戦争…どう見ても連合側に非があるように思えてなりません!」

カガリの言葉に高揚したように兵士たちが口々に意見を語る。
いまのオーブの現状をよしとしていない者は、多くいる。
それらの力が集まって、きっと良い方向へと変えていけるはずだと。

「となれば、いまやその一陣営であるオーブも、このままでは……」
「そうです!」
「セイランはバカだ!」
「分かっている。分かっているから、少し待ってくれ」

そう言ってカガリは立ち上がった。
兵士たちひとりひとりを見回して、取り戻した強い眼差しで若き元首は口を開く。

「私も、なるべく早くオーブに戻りたいと思っている。あなた方や、クレタで死んでいった者たちのためにも」

オーブの心ある者たちが、その命をかけて示してくれたもの。
それを自分は忘れることなく刻み、生きて彼らの分まで成し遂げなければならないものがある。それは胸に重く落ちるが、不思議と嫌ではなかった。それを背負っていくだけの覚悟と、信念がカガリの中で再び芽生えていたから。

連合に加担してしまったウナトやユウナが間違いだと断じることはできない。
彼らは彼らなりに、国の将来を案じてしたことなのだから。
それにいまは「正義」に見えるプラントのデュランダル議長も、意図が読めない。
連合が間違っているのは確かだが、だからプラントが正しいとは限らないのだ。
ここで早急に決断をくだすべきではない。
そのために、ラクスはプラントへと向かったのだから。

「……だからいま少し…いま少し、待ってほしい」

そう告げてカガリは深く頭を下げた。

「そして時が来たら…そのときは、私に力を。オーブのために、頼む!」
「無論です、カガリ様!」
「オーブのために!」
「カガリ様!」

軍人らしい勇猛な調子で、口々に叫ぶ兵士たち。
その声には明るさと希望が宿っており、これから先の道を暗示しているかのようで。
いまでもこうして支えてくれる民がいることの幸せを、カガリは噛み締めた。

父が遺してくれた、大切な宝。
それらを今度こそ守っていこう。彼らの信頼を裏切ることのないように。

そう微笑むカガリの瞳に、涙が滲んだ。


















展望室から眺める外の景色は、まるで自分の心のようだとキラは紫苑の瞳を細めた。
灰色の空に雪。冷たい風と冷たい海。
静寂が支配しているように見えて、そこには強い風が吹き荒れている。
心強い仲間が増えたことを喜んではいるが、なぜか不安が消えてくれない。
これはいったい何の予感なのだろうか。

<トリィ>
「お邪魔してもいい?」

肩にとまったトリィが軽やかに鳴いたと同時に、柔らかい声が耳を打った。
物思いから浮上して振り返ると、マリューが入ってきたところで。
キラは思わず苦笑してしまった。

「すみません。こんなところでサボってて」
「いいわよ。あなた一人で、ホントによく頑張ってるもの。また」

また、という彼女の言葉には先の大戦でのことが含まれているのだろう。
確かにあの頃は自分が一人でアークエンジェルを守って戦っていたようなものだ。
もちろん、スカイグラスパーに乗ったカガリやムウ、それにトールの手助けがあったことは忘れていない。

だがマリューは、あの頃キラが孤立状態にあったことをも忘れていないのだろう。
一般人でありながら、コーディネイターとしての力を持つがゆえにパイロットとして前線に出なければならなかった自分。あの頃に感じていた重圧は、いま思い返しても眉を寄せてしまう。
神経を削って戦っても、守れなかったものも多かった。

「……大丈夫?」

マリューらしい細やかな心遣いに、キラの胸はほんわりと温かくなる。
あの頃だって、彼女はこうして自分を気遣ってくれていた。
艦長としてマリューだって大変だったのだろうに、それを見せることもなく。

隣りに並んで微笑んでくれるマリューに、キラは素直に甘えることにした。
昔の自分には、出来なかったことだ。

「なんか……何でこんなことになっちゃったのかな、って、思って…」

あの頃にも何度も繰り返した問い。
何年経とうが、戦争の理不尽さや矛盾は変わらないということだろうか。

「何でまた、アスランと戦うようなことに……」

親友の機体を切り裂いた光景が、いまでもまざまざと甦る。
あのときの自分は、完全に憤りに支配されていたように思う。
最も近しい相手だというのに分かり合えない。そのもどかしさとやるせなさが、自分を怒りへと駆り立てたのだ。それが争いの根本なのだと、知っていたはずなのに。

これでは先の大戦でのアスランとの戦いと、同じではないか。

「僕たちが間違ってるんですか?ホントにアスランの言う通り、議長はいい人で、ラクスが狙われたことも、何かの間違いで……」
<トリィ>
「僕たちのやってることの方が、なんかバカげた……間違ったことだとしたら……?」
「キラくん……」

いつだって自分は迷ってばかりだ。
本当に選んだ道は正しいのか、振り下ろした剣は間違っていないのかと。

「でも、大切な何かを守ろうとすることは、決してバカげたことでも、間違ったことでもないと思うわ」
「え…」
「世界のことは、確かに分からないけど……でもね、大切な人がいるから、世界も愛せるんじゃないかって、私は思うの」

飾り気のない笑顔でマリューは語る。
彼女の声にはいつも温かみがあり、こちらの胸にある凍えた何かを溶かしていく。
それは少し、ラクスにも似ていた。
彼女らの真摯な言葉が、つかえていた何かを洗い流してくれる。

「マリューさん…」
「きっとみんなそうなのよ。だから頑張るの……戦うんでしょう?」

何かを守るために、ひとは戦う。
それはとても単純なことで、いつしか見失ってしまいやすいもの。
守りたかったはずのものを壊してしまうまで、ひとは気付かない。
けれどそれを自分たちは知っている。知っていてくれる仲間たちがいる。

自分たちだけではない。戦場に出る誰もが、最初は願っていたはずなのだ。
大切な誰かを、大切な何かを、ただ守りたいと。

「ただちょっとやり方が…というか、思うことが違っちゃうこともあるわ。その誰かがいてこその、世界なのにね」
「………」

マリューは先の大戦で大切なひとを失っている。
それでも、こうして世界を愛し、自分たちを優しく見守ってくれている。
何て強いひとなのだろう、とキラは瞳を細めた。

「アスランくんもきっと、守りたいと思った気持ちは一緒のはずよ。だから、余計難しいんだと思うけど……いつかきっと、また手を取り合えるときが来るわ。あなたたちは」

その言葉の裏にある意味は重い。けれど彼女は軽やかに笑ってみせるから。
マリューの姿に力をもらい、キラはゆっくりと頷いた。
アメジストの瞳に輝きが戻るのを見て、マリューは励ますように笑みを深める。
どうか、彼らが少しでも明るい未来へと辿り着くようにと願って。

「だから、諦めないで。あなたはあなたで頑張って」
「……はい」

真面目に頷くキラに、こういったところは変わらないと苦笑する。
ね、と悪戯っぽく笑いながら彼の褐色の髪をくしゃくしゃとかき回せば、キラの笑い声が聞こえてきた。あの頃はこんな風に気兼ねなくやりとりできるようになるとは、思いもしなかったけれど。

時を経て、強くなる絆もあるのだと。自分たちは知っている。

「あら、いけない。そろそろ戻らないと」
「え?」
「私もサボって来ちゃったのよ」
「マリューさん…」

一緒に行く?と首を傾げるマリューに、キラも笑いながら頷いた。
一人で思い悩んでいても答えは出ない。ならいまは、できることをしよう。
そう結論を出して、展望室を後にした。





















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