+++ 飛 翔 +++


3.邂逅
















「綺麗な場所だね…」
「そうですわね」



ゆっくりと辺りを見回して呟いた。





















オーブ解放戦の折に一番激しい戦闘が行われた場所のひとつと聞いている。その戦いに自分たちも加わっていたのだ。ひとの命を奪っていたあの頃の記憶を呼び覚まされるような気がして、この地へ来ることをずっと躊躇い続けて。

けれど足を運んだその場所は、予想していたものと全く違っていた。

花がたくさん植えられた公園になっていて、石畳の遊歩道が続いている。
静かなその場所に、キラはすっとアメジストの瞳を細めた。

少し離れた場所に慰霊碑があるのを見つけて、目の前までゆっくりと進んでいく。そこにはオーブでの戦闘で失われた命を悼む文が刻まれていた。
海に浮かぶ宝珠を守るために、たくさんの命が潰えていったことを忘れてはならない。そして自分もたくさんの人々の未来を奪ったのだということも。

「ここに供えるお花を、探してきますわね」
「うん…」

ラクスがピンクの髪を揺らして去っていく。その背中を見送って、キラはまた石碑に視線を戻した。

数多くのものを失ったあの戦いからまだ二年。
なのに世界はまた大きく揺れ動き、つかの間の平和は崩れ去ろうとしている。そのことを肌で感じていた。

なぜ、どうして。

何度も湧き起こっては消えていく言葉。
アスランは動き出した。混迷の時代へと突き進む世界を止めるために。カガリやマリュー、バルトフェルドも。では自分には何ができるのだろう?

そこまで考えて、キラはふと背後に誰かの気配を感じた。
振り返る自分の動きに合わせて肩にとまっていたトリィが飛び立つ。



潮風に黒髪を揺らした少年が、ぼんやりとした表情でこちらを見ていて。

赤い瞳がきらりと輝いたように見えたのは、涙のせいだろうか。


「……慰霊碑……ですか?」

少年はぽつりと尋ねてきた。それにキラも静かな声で答える。

「うん……そうみたいだね……」

こちらのあやふやな答えに、少年はわずかに不思議そうな顔で目を細めた。そのことに気付いて、キラはその外見にそぐわない落ち着いた声で補足する。

「よくは知らないんだ。僕もここへは初めてだから……自分でちゃんと来るのは」

周囲をもう一度見回す。
美しい公園なのに、ユニウスセブン落下の被害はここにも出ているらしい。

そのことに気付いてキラはそっと呟いた。

「せっかく花が咲いたのに…波をかぶったから、また枯れちゃうね」

やっとの思いで作り上げた平和も、人々はたやすく壊してしまう。それを訴えるかのような光景に目を細める。
ずっと来ることを躊躇っていた場所。やっと辿り着くことができたのに、そこにも不穏な気配は近づいているようで。

自分の物思いに囚われていたキラの耳に、少年のかすれた声が流れ込んできた。

「…誤魔化せないってことかも」
「…え?」

我に返って視線を向けると、何か怒りをこらえるかのような表情で少年は拳を握っている。その手にピンク色の携帯があることにキラは気付く。
しかし激しい炎を宿した瞳とは裏腹に、少年の声は酷く冷たいものだった。

「いっくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす」
「き…み…?」

その瞳が浮かべる感情は、キラにも覚えのあるもの。自分が抱いたこともあれば、誰かに抱かせたこともある。大切なものを失った深い悲しみと、怒り、やりきれない想い。
それらが複雑に絡み合ったような表情に、何と声をかければいいのか惑う。

長らく忘れていた負の感情。
それらに引き込まれそうになる自分を、柔かくとどめるように少女の歌声が風にのって聞こえてきた。

花を手に坂を上がってきたラクスは、キラともう一人の少年を見つけて歌うことをやめる。不思議そうにきょとんと目を瞬く少女に、口を開いたのは少年の方だった。

「すみません、変なこと言って」

慌ててぺこりと頭を下げて踵を返す少年に、かける言葉は見つからず。キラは黙って彼が遠ざかっていくのを見守るしかなかった。
そんな自分の隣に、石碑に摘んできた花を供えたラクスが並ぶ。

「…行こうか」
「はい」
「今日は一緒に来てくれて…ありがとう」
「いいえ。私も来られて良かったと思っていますわ」

あでやかな笑みを浮かべてくれる少女に、もう一度お礼を言って歩き出す。自分ひとりではここに来るまでに、もう少し時間がかかっていたかもしれない。

ここへ来て改めて感じた。自分がしてきた事を。

償うには大きすぎる罪だけど、このまま止まっていることの方が許されないことなのかもしれない。世界はまた、大きく動き出しているのだから。













まだ何も終わっていないのだ。

炎のような燃える瞳を持つ少年をふと思い出して。

キラはそっと溜め息を零した。






















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