+++ 萌 芽 +++

10.懐かしさの欠片






たくさん笑って、たくさん遊んで。

疲れたら少し休んで。

そんな毎日を過ごせたら、幸せ。





















「っしゃあ!海だ海!」
「アスハ邸にだって、プライベートビーチぐらいあるだろ」
「あそこじゃ羽根を伸ばせないだろ」

使用人たちがいて、周りの目を気にしなければならない。
一国の代表が猛然と海で遊びまくっていたら、確かに国としての対面は潰れそうな気もする。

「ほら、さっさと行くぞアスラン!」
「俺を巻き込むなよ……」
「たまにはいいだろ。気分転換だ」

腕をつかんで嬉々としてカガリが走り出す。
疲れたような溜め息を零して、アスランはさした抵抗もせずに砂浜に連れていかれた。

「朝から元気だね、カガリは」
「そうですわね。とても嬉しそうですわ」

指定席に座りながら海を眺めるキラに、寄り添うように並びながらラクスが頷く。
子供たちと共に海で遊ぶ姉は、とても明るい表情で。本来の彼女らしさを取り戻していた。

あれほど無邪気に楽しむ姿を見るのは、久しぶりかもしれない。

最近は世界や国のために動いて、落胆したような顔ばかりだったから。

「アスランも、微妙に楽しそうだし」
「ふふ」
「ラクスはいかなくていいの?」
「皆さんの食事の準備もありますし、それが一段落しましたら行きますわ。キラはどうなさいます?」
「なんか呼びつけられそうだけど」

嫌な予感がひしひしとして、苦笑まじりに呟くと海の方からカガリが手を振って何かを叫んだ。


「キラー!アスランを手伝ってやってくれー!」


そう言われて親友の方へ視線を向けてみれば、子供たちにせがまれてパラソルを立てようとしているのが見えて。しかし子供たちがまとわりついているため、それが上手く出来ないことも分かる。

「ほらね」
「くすくす、そうですわね」
「じゃあ行って来るよ」
「はい」

仕方なく屋根の下から出ると、夏を知らせる強い日差しが肌を焼く。
その眩しさに一瞬目を細めて、キラは歩き出した。












「はー、泳いだ泳いだ」
「カガリ、肌焼けちゃうんじゃない?大丈夫なの」
「そんなこと気にしてたら、遊べないじゃないか」
「今晩、日焼けでひぃひぃ言っても知らないからな」

パラソルの下にやってきたカガリに、すっとタオルを差し出してアスランが笑う。それにむっとした表情で、言うわけないだろっと信用のおけない台詞を返す。
いつものやり取りに表情を弛めると、グラスを持ってラクスがやって来た。

「休憩にいかがですか」
「お、カルピスだ!ありがとなラクス」
「いいえ。子供たちも、そろそろ一休みさせないとですし」
「あぁ、ずっと遊んでるもんね」

納得して頷くと、ちょうどカリダが子供たちに声をかけに出てくる。
カルピスを片手に声をかけると、素直に皆砂浜に戻ってきた。

「ラクスは泳がないのか?」
「そうですわね…、日焼けをすると赤くなってしまって」
「肌白いもんね。そういうひとってヤケドみたくなっちゃうんだって?」
「泳ぐのは好きなのですが」

残念そうに呟いて、自分の白い肌をなぞる。
透き通るような肌に、つい惹きこまれて手を伸ばしそうになるのを、我に返ってキラは拳を握る。

危ない危ない。

彼女がのびやかに泳いでいる姿も見てみたいが、それはそれで落ち着かないのだろうなと思う。

「ふん、どうせ私は白い肌じゃないさ」
「何もそれが悪いわけじゃないだろう。日焼けに苦しまなくて良いことじゃないか」
「………………アスラン、お前な」
「アスラン、それはフォローでも何でもないと思うよ」

キラとカガリに言われて、そうか?とアスランが首を傾げた。この手の話題は基本的に疎い彼のこと、自分が吐いた台詞がどんな意味をもつかなど、理解していないに違いない。
カガリは最初から期待してなかったけど、と諦めたように肩をすくめている。なんとも漢らしい。

「でも、そういえば…カガリって砂漠でも平気そうだったよね」
「あー……まあ、最初は慣れなくて大変だったけどな」
「砂漠?」

怪訝そうにアスランが眉を寄せる。
そういえば自分とカガリの出会いや再会について、そういった経緯は話していなかったかもしれない。

「うーんと、僕とカガリって最初に会ったのはヘリオポリスなんだけど」
「私だけ非難シェルターにぶちこんで、お前は残ったんだよな」
「他のシェルターに回るつもりだったんだよ」

けれどそれは叶わず、Gシリーズ強奪の場面に居合わせてしまった。そこでアスランと再会したわけだが。自分と顔を合わせる直前に、実はカガリもいたのだということを知って、当のアスランは驚いたように目を瞬かせている。

「確かに、ヘリオポリスにいたとは聞いていたが」
「うん。それでカガリと再会したのが、地球降下した後」
「あぁ…」

そういえばイザークとディアッカが落ちたのも、砂漠と聞いていたような気がする。どうして自分たちが地を這い蹲っていなければいけないのか、と不満たらたらだったらしい。

「カガリ、そこでレジスタンスなんてやってたんだよ」
「ちょっ、キラ!」
「そんなことしてたのか!?」
「まあ」

確かに無鉄砲な彼女であるけれども。
信じられない、と声を上げるとラクスも頬に手をあてて声を漏らしている。
そんなふたりの様子に、ばつが悪そうな顔をしてからカガリはキラを睨んだ。

「キラ」
「本当のことじゃない。それにキサカさんがついて」
「………はあ、何してるんだよお前は」
「う、うるさいな!」

何でも父に世界を知らな過ぎる、と言われてカガリは国を飛び出したのだそうだ。もっと世界をよく知るために。父が知っていて、自分が知らないものは何なのかと。
その行動力は感嘆に値するが、それにしてもなぜ砂漠の紛争地帯にまで行くことになるのか。

「普通は留学とか……」
「あ、それ僕も思った。すごいよねカガリ」
「褒めてるのか、それ」
「うん。僕は絶対にできないから」

姉のカガリが動であれば、キラは静だ。
自分から行動し様々なものを乗り越えていく少女と、あるがままの流れを受けとめていく少年。

「ふふ、正反対でお互いに補い合える存在なのかもしれませんわね」
「そうなんだろうか……」

何か違う気もする。

「でも砂漠でも、カガリってあんまり肌気にしてなかったよね」
「余計なこと言うな!」
「頑丈な肌でよかったね」
「キラああぁぁ!」

掴みかかって自分をシャッフルするカガリに、苦しそうにしながらもキラは楽しげで。
そんな姿にアスランは苦笑しながらも、どこか安堵を覚えていた。














「もう皆寝ちゃったみたい」
「あんなにはしゃいでいましたから、疲れたのですわ」
「ふあ……、私も眠くなってきた」
「子供と同じだな」
「うるさい…」

夕食も賑やかに終えて、ソファーで寛いで静かな時間を楽しむ。
久しぶりに何も考えずに、ただひたすら身体を動かした。心地よい疲労感に、今日はゆっくり眠れそうだと笑みを零す。

「おいカガリ、ここで寝たら風邪ひくぞ」
「………わかって、る……」

そう答えながらも、意識は半分夢の世界に埋もれているようだ。
仕方ないな、と溜め息を吐いてアスランがひょいっとカガリを横抱きにする。

「部屋に寝かせてくる」
「あ、うん」

あまりにも自然な動作に、もしかして彼らの中であれは日常的なことなのだろうかと思う。カガリがその辺りで眠ってしまう、というのは確かに多そうだけれど。

「今日も大騒ぎだったね」
「そうですわね。おふたりがいるだけで、随分と賑やかになります」
「アスランたちも楽しそうだったし」
「はい。おふたりの気分転換になったのであれば、良いのですが」

翳りを帯びた表情が増えたふたり。
初めて会った頃や、共に過ごしていた日々の中ではあまり見せなかったもの。

それらが増えていって、やがて大人になっていくのだろうか。

「………やっぱり、笑顔の方がずっといいよね」
「えぇ」

たくさんの出来事を経験して、色々なものを学び覚えていく。その過程の中で傷つき、子供の頃であれば見せなかったような表情や想いも持つようになる。それが果たして良いことなのか悪いことなのか、それはキラには分からなかった。

ただ言えるのは、自分は出来るなら憂いの表情よりも、笑顔が見たい。




仕方ないな、と苦笑しながらも世話を焼いてくれていたアスラン。


迷い矛盾に悲鳴を上げていた自分に、安堵感を与えてくれたカガリ。


苦しみ道に迷う自分の涙を、優しく受けとめてくれたラクス。




たくさんの存在がこれまでの自分を支えてくれてきた。
母ももちろん、父だってずっと見守ってきてくれていたのだ。そんな自分にとって大切なひとたちの笑顔は、いつの間にか懐かしさを感じさせるものになっていて。

昔なら当たり前のようにあったはずなのに。
いまはこんなにも遠い。

確かにここに、大事なひとたちはいるのに。
互いを想う気持は、きっと変わらないはずなのに。







カガリとアスランの久しぶりとさえ言える、穏やかな表情にふと思った。

いつかまた、懐かしいと感じるのではなく。その笑顔が絶え間なく浮かぶ日がくればいいと。

その日がくるまで、いまはそっとこの懐かしさに身を委ねながら。


この胸に宿る、無数の欠片が。

いつかしっかりとした、形になるように。











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