+++ 萌 芽 +++



11.旅立ち







その眩しさに、ひとの強さを見た気がした。























「キラ、元気にしてるー?」

家で食後の紅茶を楽しんでいたキラは、ドアを開け放ち明るい声を発した少女に驚いて目を丸くした。
そんなこちらの様子に、くすくすと笑いながら突然の訪問者は歩み寄ってくる。

「久しぶり」
「ミリアリア……」

活発さを感じさせる瞳の輝きを取り戻し、褐色の髪を揺らした友人は記憶と寸分違わぬ笑顔を浮かべてひらひらと手を振った。

「ひとりでぽつーんと何してるの?」
「…留守番、かな。ラクスと母さんは子供たちと散歩に行っちゃったし」
「そっか。みんな元気?」
「うん、まぁ。ミリィは?」
「元気よ元気。ここまで来ちゃうぐらいには」

以前と変わらない朗らかな空気に、キラもふっと表情を和らげる。
やはり、とても落ち着ける存在なのだ、この少女は。

自分と仲の良かったトールのガールフレンド。二人傍にいるのが自然で、ときには夫婦のような兄弟のようなやり取りも多くて。そんな何気ない日常が、キラは好きだった。
あの頃にふっと思いを馳せて、紫苑の瞳を眇める。

「でも、どうして急に?」
「報告に来たの」
「?」
「私、オーブを出ようと思って」

え、と顔を上げればそこには強い決意を宿した笑顔があって。

彼女の言葉が心からのものだと伝えている。

その表情にキラは言葉を失う。こんな場所でただ日々を無為に過ごしている自分が、前に進もうとする彼女に何かを言えるはずもない。

「オーブを出て、カメラマンになろうと思うの」
「カメラマン?」
「そ。世界のいろいろなものを撮ってみたくて。大好きな世界だから」

いたずらっぽく笑うミリアリアに、彼女らしい…と苦笑する。
ラクスとはまた違った意味で、周りのひとびとに優しさや温もりを与えてくれる少女。

それはきっと彼女自身が、それらを愛し慈しんでいるからなのだろう。

些細なものさえも、大切に扱おうとする。

「ミリアリアの撮る写真か。送れたら送ってよ、見たい」
「送れたらね。まぁ、いきなりは無理だろうけど。最初はやっぱり下っ端だし」
「大丈夫だよ、ミリィなら」
「それ褒めてる?」
「勿論」
「じゃあそういう事にしておこうかしら」

茶目っ気たっぷりな言葉遊びに、本当に自然と笑みが浮かぶ。
そういうところはトールにそっくりだ、といつも思っていた。

きっと二人は特に考えがあるわけではなく、心から零れた言葉が胸に温かさをもたらしてくれるのだ。何気ない小さな言葉に、自分はどれだけ救われたか知れない。

先の大戦でコーディネイターだからと軍に銃を向けられたときに、何の躊躇いもなく前に進み出てくれたトール。クルーの間にどこか溝がある自分を、いつも気にかけてくれていたミリアリア。
そして互いを支え合い、必要とし合うその姿が自分にとっても支えだったのだ。

彼らを守りたい。

このひとたちが生きる場所を、守りたい。



その願いは、完全に叶ったわけではないけれど。




いまはいない明るい笑顔を思い出し、キラは目を閉じる。
自分をひとりで戦わせるわけにはいかない、と微笑んでいた姿が胸に痛い。いまでも気を抜けば溢れてしまいそうな想いを、きっとミリアリアだって抱いているのだろうに。全くそれを感じさせず、真っ直ぐに前を見つめている姿にキラは拳を握る。

なんてひとは強く、眩しい存在なのだろう。

「トールがね」
「……え?」
「トールって好奇心旺盛だったでしょ?だから、戦争が終わったら二人でいろいろな場所を旅して回るのも楽しそうだよなって、話してたことがあるの」
「うん………」
「冗談まじりにね、新婚旅行はどこがいい?なんて聞いてきたこともあって」
「あぁ、あったねそんなこと」
「キラも覚えてるんだ」
「うん。だってトールがミリィに殴られて椅子から転げ落ちたの、すごい笑えた」
「あはは、そうそう。あの情けない姿は忘れられないわよね」

ミリアリアとだったら、どこに行っても楽しいんだろうなと呟いていたのを思い出す。
それが恋というものなのか、と思いながら聞いていたものだ。

「だから、私が代わりにね。たくさんの景色を見てこようと思って」
「そっか」
「絶対にトール悔しがってるわよ、私だけズルイって」
「うん、きっとね」

楽しそうに笑顔を浮かべながらも、彼女の目元に涙が滲んでいることに気付く。しかしキラはあえてそれには触れなかった。こうなると分かっていて、自分の元にやって来たのだろうから。
思い出を共有できる相手というのは、ときに優しくときに残酷なものだ。愛しい存在がいたことを語り合うことはできても、それは彼がもうここにはいないことを確認するようなもの。

けれどそうしてけじめを彼女なりに、つけようと思ったのかもしれない。

「そういえば、ディアッカにはその話したの?」
「まあね。いちいちうるさいけど」
「それだけ心配してるんだよ」
「自分の立場を考えろって感じよね。ザフトなんかに戻って、死んだらどうするのよ」
「確かに」

不機嫌そうに眉をしかめているが、それは彼女なりの気遣いの表れ。
怒られるので、決して口には出さないけれど。

「さってと、じゃそろそろ行くね」
「え、夕飯食べていけば?」
「んーそうしたいんだけど、準備がまだ済んでないんだ。ごめんね」
「ううん」

見送るために席を立って、二人で砂浜を歩く。
立つ場所も、共に歩く人数も変わってしまった。

失ったものは多く、この手の平から零れ落ちてしまったものは戻らない。
けれどそれだけに囚われているのではなく、毅然として進んでいこうとする少女は本当に凄いと思う。

思えば自分の周りはそんな女性ばかりだ。

オーブの代表として奮闘しているカガリ。
愛するひとを失った悲しみを隠しながらも、懸命に生きようとしているマリュー。
子供たちを温かく見守り、育むラクス。
そしてミリアリア。

「じゃあ、またね」
「うん、会えて良かった。来てくれてありがとう」
「私も嬉しかったわ。元気でね」
「ミリィも」

互いに笑顔で手を振って、ヘリが飛び立つ。
強い風に目を瞑って、それから空を見上げる。

高く青く広がる空。

遥かに続く水平線。

夜には幾千万の星が瞬く。

世界には美しい景色がいくらでもあるのだ。それらを見つめることができる幸福を、キラはそっと噛み締める。こんな自分が得て良いものなのか分からない。けれどここにいることを望んでくれるひとたちがいて、自分もやはりここにいたいという気持はあって。

「ただいまー」
「お腹空いたー」
「あれ、キラがお外にいる」
「なにしてるのー?」

遊び疲れた顔で子供たちが戻ってくる。
どこか満足したような表情も感じられて、キラはゆっくりと足を進めた。
こちらを見て微笑むラクスに、そっと小さな笑みを返す。こうして笑い合えることの幸せ。

「さぁ皆さん、これから夕ご飯の準備をしますから。手を洗ってきてくださいな」
「「「はーい」」」

元気にぱたぱたと家に駆けていく、そんな無邪気な姿を眺めながら少女の隣に並ぶ。静かな色の瞳を見つめて、キラはそっと言葉を紡いだ。

「ラクス」
「はい?」
「夕飯が終わったら、今夜は一緒に星を見ない?二人だけで」
「まあ、素敵ですわね。喜んで」

ふわりと花のような笑顔を咲かせる。
ただそれだけなのに、とても嬉しくて。そして切なくて。









いつかミリアリアから写真が送られてきたときは、ラクスと共に見よう。

きっと彼女の撮る写真は、綺麗で優しいものなのだろうから。

どんな世界であっても、どんな景色であっても。

それらを愛する少女が見るものは、どれも温かいものに違いない。

愛しいひとがいた世界。

愛しいひとと見た世界。

愛しいひとに贈る世界。

その先を見つめて、ひたすらに歩む姿はとても眩しいと。

ただそう思った。







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