+++ 萌 芽 +++

番外編 HARO












「………ラクス、上手くできるかは分からないよ?」
「はい。でも大丈夫ですわ、キラならできます」
「うん、できるだけ傷つけないように気をつけるね」
「ふふ、キラはいつだって乱暴なことはしませんもの」
「そんなことないんだけど…」
「信じてますから」

そこまで全幅の信頼を置かれるとプレッシャーだ。
震えそうになる指を叱咤して、キラは目の前の丸い物体と向かい合う。

そう、ハロと。

ことの始まりは、ハロの整備をしなければという話から。
いままではアスランがみていたらしいが、彼はいまは忙しい身。マイクロユニットの点検のためだけに島に来てもらうわけにもいかない。となると、代わりが務まるのはキラしかいないわけで。

ラクスもコーディネイターだからできるのではないか、と素朴な疑問を持ったがアスランが静かに首を振ったため、あぁそれはしてはいけないのかと納得した。彼女の天然ぶりは素晴らしい。

とはいったものの、キラだって得意ではないのだ。
この課題はとても苦手だったし、ほとんど親友に手伝ってもらった記憶しかない。

「ううーん、大丈夫そうだけど」
「そうですか?」
「磨耗してるとこはあるけど、それも少しメンテすれば大丈夫だと思うよ」
「よかったですわ」

苦手だったマイクロユニットも、とりあえず最低限のことはできるようになろう。そう思ったきっかけは確かトリイだった。アスランと離れ離れになるときにもらった、大切な宝物。親友に会えなくなった寂しさから、キラはいつもトリィと一緒にいた。
そのせいで服と一緒に洗濯物に出してしまったことがあるのである。

濡れてしまったトリィを見て、本当に泣きそうになった。

そして必死に自分で修理したのだ。

そのときに、トリィのプログラムを少し変更したりもして。

「あ、そういえば。アスランが好きにプログラム変えて良いって言ってたんだ」
「まぁ、そうですの」
「ラクスは何か追加してほしいプログラムとかある?」
「そうですわね…」

鍵開けなど、何のためについているのか分からないプログラムはあるけれど。
ハロの言葉数は自然と増えていくシステムらしく、最近では自分の名前も呼んでくれるようになった。それが自分が彼女と一緒にいる時間を感じさせて、キラは密かに嬉しかったりする。

「あ、でしたらこういうのはどうでしょう?」
「うん?」
「お客様がいらしたら、ハロが教えてくれるというのは」
「あぁ、なるほど」

ラクスらしい、と笑みを零す。

「どうでしょう、できそうですか?」
「できないことはないと思うよ。どうするか、ちょっと考えないとだけど」

客というのを、どうハロに判断させるかが難しそうだ。
アスランに電話で相談するのも良いかもしれない。実際に変更するのは自分でやるけれども。

「楽しみですわ」
「そんなに期待しないでよ」
「ふふ、はい」

ハロの回線をチェックする自分を、見守る空色の瞳は柔らかい。
見られていることにわずかに緊張しながら、キラは手を動かしていく。

「応急処置はこんなもんかな。あとは新しいプログラムの追加、考えておくね」
「はい、お待ちしてます」
「できるかなぁ」
「くすくす」

メンテナンスを終えたハロが、元気に手元から跳んで行く。明るい声が部屋に響いて、急に賑やかになった。そういえば、どうしてハロの言葉はどこかの訛りが混ざっているのだろうか。誰が教えたんだ、あの言葉は。
それを以前尋ねたことがあるが、どうやらアスランも知らないらしい。
最初はあんな言葉、プログラムしてなかったはずと呟いていた。

じゃあ、ラクスが………?



いまのは考えなかったことにしよう。結論は闇の中の方がいいのかもしれない。
それに昔の番組とかで流れていたのかもしれないし。

「お客さんがきたら反応するなんて、犬みたいだよね」
「そうですわね。そのおかげで、笑顔でお客様を迎えられるのなら素晴らしいですわ」
「確かに。お客さん来ても気付かないこととか、あるし」
「外でお待たせしてしまっては、申し訳ありませんもの」
「うん」

さて、どうしたものか。

こうして二人で微笑み合いながら、何かを語るのはとても温かい気持になる。

「ねえ、ラクス」
「はい?」
「ありがとう」

そう呟けば、小さく首を傾げる少女。
その様子にゆっくりと顔を上げて、目元を和らげる。

「僕にもできることがあるんだなって、嬉しかっただけ」
「まあ、私キラをとても頼りにしてますのよ」
「うん、ありがとう」
「いいえ。私こそ、ありがとうございます」

眩しい笑顔が、とても好きで。
軽やかな優しい声が、愛しくて。

ひとの命を奪うだけだと思っていた、この指。
たくさんのものを破壊し、そのために特化した能力。


けれどいまは、大切なひとのためにできることがある。

それに四苦八苦することが、こんなに嬉しいことだなんて。


あんなに嫌いだったマイクロユニットいじっているなんて、昔の自分が見たらどう思うのだろうか。きっと驚くに違いない。

こうやってゆっくりと、誰かのために自分の力を生かせればいいと思う。
誰よりも強い力なんていらないから。

ただ傍にいるひとたちのために。

みんなを笑顔にするための力が。

ただそれだけが欲しい。






そんな自分を励ますように、ハロが軽快なリズムで跳んだ。



















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