+++ 明日への道のり +++ キラSide
風が優しく辺りを撫でていく。 静かなこの場所で、またこの少年と出会えた。 ―――――― 誤魔化せないってことかも ―――――― え? ―――――― いっくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす ―――――― き、み? あのときは夕暮れの中だった。この場所も、こんな風に荒れ果ててはいなくて、小さな花々が色を競い合っていたのに。 彼の言うように、やはり人はそれらを吹き飛ばすことしかできないのだろうか。 ―――――― それが人だよキラくん! 愉悦と狂気に溢れた声が頭に響き、キラは咄嗟にその幻聴を胸の奥底に押し込み蓋をする。 違う、違うのだ。 今、再び向かい合えた少年の瞳は、悲しみや嘆き後悔に揺れている。 この景色を見て、自分と同じように悲しいと思える気持ちがあるのだ。ならば、それを繰り返さないように努力することもできるのではないか? 失ったものは戻らない。 けれど新しく未来を築くことはできる。 ―――――― どんなに吹き飛ばされても、僕たちは花を植えるよ、きっと そう、またひとつずつ育てていくしかない。平和の種を、今度こそ。 そして燃えるような強いまなざしを持った少年も、きっと同じことを望んでいるはず。 ただ自分たちは、穏やかで優しい世界が欲しいだけなのだから。 ―――――― 一緒に戦おう 自分の申し出に、手を握ったまま頷いてくれたシン。 その手は小さく震えていて、キラはそっともう片方の手を重ねた。 やっと辿り着けたこの場所。 赤い瞳から零れる涙が、陽の光に照らされ綺麗だと思った。 またここから始まる、全てが。 「それじゃあ、そろそろ行くね」 「そうですわね、まいりましょう」 小さく笑いかけると、まだどう接すればいいのか分からないのか、シンは戸惑ったように頷いた。 アスランへ視線を移せば、彼は言いたい事が分かっているかのように笑顔を返してくれる。 ―――――― それが俺たちの戦い、だな アスランも歩み始めるのだ。ひとつひとつ、花を植え守っていくために。 その事が小さな勇気を与えてくれ、キラはゆっくり歩み出す。 少し遅れて隣に並んだラクスが、そっと腕を絡めてきた。その温もりが、胸の中に染みわたっていく。ラクスが肩に頭をのせ、桃色の柔らかい髪が顔にふわりと触れる。 そのくすぐったさに、キラは目を細めた。 「これから大変だね、ラクスは」 「そうですわね。ですが、それはカガリさんもですわ」 プラントへ戻ることを決めたラクス。オーブの代表として協議を続けているカガリ。 二人とも政治の中枢を担う人間として、歩まなければならない。 小高い丘まで来て、キラは足を止めた。 ここから見渡せる海は朝日にきらきらと輝いている。 「…僕も頑張るから」 「キラ…」 「何ができるのか、具体的なことは分からないけど。でも、決めたから」 美しいこの世界を守りたい。 「キラ、あなたはひとりではありませんわ」 「うん…」 「同じ道を歩む方々が、たくさんいます。もちろん私も」 彼女の声は、まるで歌のように優しさを降らす。自分も何かを返したくて、キラはそっと微笑みを浮かべた。 「一緒に頑張ろうね」 「はい、キラ」 存在してはいけないのではないか、そう思い悩んだこともあった。けれどいまこうして傍にいて、自分を肯定してくれるひとがいる。愛してくれるひとがいる。 それはなんて幸せなことだろうか。 ―――――― 憎しみの目と心と、引き金を引く指しか持たぬ者たちの世界で! 何を信じる!なぜ信じる! 嘲るように投げかけられた言葉に、今やっと答えられる気がする。 自分たちは明日を選ぶことができる。互いに手を取り合う未来を、つくることもできる。 「ラクス」 「はい?」 「ありがとう、いつも傍にいてくれて」 自分が知る世界は憎しみだけではない。こうして嬉しそうに笑顔を浮かべてくれる、優しいひとたちがいる世界。それこそが、自分にとっての真実の世界だから。 「ラクスがいてくれるから…仲間がいてくれるから、僕は歩いていけるんだ」 「私もですわ」 自由な未来をつかむために。一歩一歩ゆっくりと進んでいこう。 そう心の中で思い定めながら、キラは力を与えてくれる存在の肩を抱いた。細くたおやかな身体。 彼女こそ、いったいどれほどの重圧を背負っているのだろうか。与えられている分の少しでも、自分も何かをあげられれば。そう思って強く抱き締めると、ラクスも目を閉じて身を委ねてきた。 「いつも…ここにいるから」 「はい」 「僕も君も。ここにいる」 「はい」 それこそが、幸せなのかもしれない。 あの男にいま答えよう。自分の信じるもの、信じる理由。そして世界の姿。 きっとこれから生きていく道のりが、その答えになるのだろうから。 想いを確かめるように、ラクスのすべすべの肌に唇を落とす。頬に、おでこに、目蓋に。 そっと開いた長い睫毛の下から、サファイアの瞳が覗く。白い肌がほのかに赤く染まっているのが分かった。 「私も……あなたと、共にいます」 彼女の言葉と共に、頬に口づけが贈られた。 まるで二年前のあの日。剣である、フリーダムを与えられたときのようだと笑う。 また手にした力と想い。 それを抱いて生きていこう、彼女と共に。 いつか願う未来へ辿り着くと信じて。 見果てぬ明日を、きみと。 fin... |