+++ 喜怒 +++


送信されてきた情報を見て、アスランは深く溜め息を吐いた。
ディスプレイから目を離して愛しい者がいるであろう建物を見上げる。

これを知ったら彼女はなんと言うだろうか。

親友と元婚約者を思い浮かべて、今度は肩を落とす。

この事態を自分はどうすればいいのだろう。素直に喜ぶべきか、やはり焦るべきなのか。




カガリはそろそろ会議も終わる時間だろうか………………?




















やっと長い会議が終わり、知らず知らずカガリは肩の力を抜いた。
出席する度に想う自分の至らなさ、国を守ることの難しさ。昔であれば感じたこともなかった頭痛に眉をしかめる。

次の予定はなんだっただろう、玄関の方へ視線を向けると青い髪を揺らしてアスランが立っているのが見えた。

それだけで心が軽くなるのだから、やはり自分は現金なのだろう。
走りたいという気持を抑え、早足で向かう。

自分に気付いてアスランが顔を上げた。車に預けていた体を真っ直ぐに正す。その真面目な姿勢がなんとも彼らしくて、カガリは思わず笑みを浮かべていた。


「悪い、待っただろ」
「いや、会議が長引くのは仕方がない。重要な話だったんだろ?」
「うん、まぁ…そうなんだけどな」


車のドアを開けてエスコートする姿はとても自然だ。キラならこうはいかないかもしれない。
シートに滑り込むと、アスランも運転席に座りエンジンをかける。
いくぞ、という声と共にスピードが上がりみるみるうちに景色が流れていった。


「風が気持良い」
「ずっと会議で疲れたか?」
「それは仕方ないって分かってるけど、少し息が詰まる」
「カガリには苦しいかもしれないな」
「どういう意味だ」


小さく睨むと、アスランがいつものように苦笑する。
そんなやりとりに幾分か気持ちが楽になり、カガリは頭を切り替える。

「で?次はどこに行くんだ」
「軍本部の視察の予定だったんだが、少しアクシデントがあったらしくて。一時間ほど時間が空いた」
「え?」
「だから少し、寄り道しようと思って」

言われてみれば明らかに軍施設とは方向が違う。
いったいどこへ向かう気なんだ、と尋ねてもアスランは行けば分かると答えない。
仕方なく大人しくしていると、車はどんどん上へ上へと進んでいるようだった。

「着いたぞ」
「……?」
「こっちだ」

車から降りたカガリの手をとってアスランは歩き始める。その足は淀みなく、だいぶこの場所に慣れているのだという事が分かった。


「わあっ……!」


そして広がった景色にカガリは目を丸くする。

少し歩いた先にあったのは、辺りが一望できる断崖。

そこから見えるのはオーブの町並みと、それを包むように彩る山々と海だった。


「良い眺めだろ、ここ」
「うん」
「たまに来るんだ。疲れたときとか…迷ったときに」
「アスラン?」

景色を見つめるその横顔は、初めて会ったときよりも大人びていて。自分も彼と同じようにちゃんと成長できているのだろうかと不安になる。

「この景色を見てると、自分が本当に小さい人間だって思う。これだけ広い世界で、たくさんのひとがいて」


そんな中のひとりにすぎないのだと。
ひとりの人間の持つ力はとても小さくて、それは先の大戦で痛いほど学んだことだから。

「そっか」
「………カガリ?」
「そうだよな、これだけ世界は広くてオーブにもたくさんのひとがいて。それを皆で守っていかないとなんだよな」

笑って告げるカガリにアスランは驚く。

同じ景色を見ていても感じるものの違い。けれど決して不快なものではなくて。

かなわないな、とアスランは笑った。

「…そうだな」
「ありがとな、アスラン。なんか元気出てきた」
「いや」
「小さい人間だからこそ、私たちは一緒に頑張らないとだよな」

一緒に。
その言葉がひどく嬉しくて。

思わず目を細めて微笑むと、カガリが頬を赤く染めてぎくしゃくしだした。

「さ、さあ!気分転換もできたし、そろそろ行くか!」
「あ…いやちょっと待て」
「な、何だよ」
「ラクスから預かってるものがあるんだ」
「は?」

なんでラクスがここに出てくるのか。車の中からアスランが取り出したのは、ピクニック用のバスケットらしきものだった。開けてみると、予想と違わずサンドイッチが入っている。

「昼まだだろう?この後の予定もかなり詰まってるから、一口どうぞらしい」
「はあ…そりゃありがたいけど」

意図が分からず首を捻っていると、苦笑しながらアスランがタマゴサンドを差し出してきた。良い香りにつられてパクつく。………………美味しい。

「たぶん、ラクスとキラからのプレゼントなんじゃないか」
「は?キラ?」
「あ………」

しまった、という顔をするアスランにますます訳が分からなくなる。とりあえずキラのことは後に回すとして。

「プレゼントって何だ?」
「へ?」
「あ、いや違う。なんで私にプレゼントをくれるんだ?」
「………………………」

自分の質問が何かおかしかっただろうか、とカガリが思うくらいアスランがぽかんと間の抜けた表情になる。

「…アスラン?」
「本当に、分からないのか?」
「だから何なんだよ!!」



「お前の誕生日だろう?」


………………………………………。


「あ!」
「忘れてたのか……」
「し、仕方ないだろ!それどころじゃなかったんだから」

本当に頭からすっぽりと抜け落ちていた。そうか、今日は自分の誕生日…。

「ってことはキラもそうじゃないか!」
「あ、あぁ」
「どうしよう、私プレゼントなんて用意してないぞ」
「いいんじゃないか?」

そんなあっさり言うな、とカガリが噛みつく。しかし慣れたもので、アスランは攻撃をかわしながら口を開いた。

「キラだってろくなプレゼントじゃないし……」
「あ、そうだ。キラからのプレゼントって?まさかサンドイッチをキラも作ったとかいう話じゃないよな」
「あぁ…まぁ」
「なんだよ、気になるだろ」
「その前にカガリ、俺に一言言わせてくれ」


何を?ときょとんとするカガリを引き寄せて囁く。


「おめでとう、カガリ」


いつも自分に新しい道を教えてくれる存在。

行き詰まり、どう進めばいいのか分からなくなるたびに別の考えに気付かせてくれた。

あのとき星々の中で彼女に誓った想い。自分がカガリを守る。

政務に苦しむ彼女に自分が出来ることはとても少ないけれど、こうして傍にいることしかできないけれど。ただ互いはここにいるのだと。
久しぶりな気がするカガリの温もりを腕の中に感じて、アスランは心から感謝した。生まれてきてくれてありがとう、そしてここにいてくれてありがとう。


いきなりの展開に固まっていたカガリが、次の瞬間にぼぼぼっと顔を真っ赤にさせる。
照れ隠しなのだろう、胸を叩く拳が少しだけ痛い。
それに苦笑して身体を離すと、耳まで赤く染めたカガリが恨めしげに見上げていた。その視線はちょっと……と内心で思いながらアスランは話題を変える。


「じゃあ残りのサンドイッチ食べるか」
「…分かったよ」


とても美味しそうで、カガリは渋々手をのばしはじめる。
その姿を優しく見守っているアスランに、そういえばとカガリが顔を上げた。


「で?キラのプレゼントって何なんだ」
「………………」



真実を打ち明けようかどうしようかと迷うアスランを、なんとか捻じ伏せてカガリはキラからのプレゼントを知った。




それを聞いて彼女が怒り狂ったのは、アスランだけが知っている。






fin...