温 か な 約 束






「どうしようかな……」

キラはいま頭を抱えていた。
そんな息子の姿を不思議そうに見やりながら、カリダはテーブルを拭く。いったい何で悩んでいるのだろうか、そう思考をめぐらせてひとつのことに思い当たる。

「なあに、キラ。もしかしてまだ用意してなかったの?」
「う……。だって、何がいいか良いのが浮かばなくって」
「ラクスさんなら何でも喜んでくれると思うわよ」
「………それが一番困るんじゃないか」

いま現在キラが悩んでいるのは、ラクスへの贈り物を何にするかということ。

そう、明日はラクスの誕生日だ。

いつもお世話になっているからと、子供たちが明日は盛大なパーティを開くのだとか。

「女の子にプレゼントなんて、したことないし…」
「ふふ、悩みなさい青少年」
「母さん…」

明らかに自分を見ておもしろがっている。
だんだん頭痛がしてきて、キラは考えるのをやめることにした。

もうこうなったら本人に聞こう。
















いまの時間は子供たちは外に遊びに出ていて、自分たちも自由に過ごしていられる。ラクスも家事が一段落して、自室でのんびりでもしている頃だろう。そう思って彼女の部屋までやって来る。

本当であれば、直前まで内緒にしていて驚かせる方が良いのだろうけど。

彼女が嫌がるようなものをプレゼントはしたくないし、それに意外と自分はラクスのことを知らないということに先ほど気付いた。どんなものが好きで嫌いなのか。あまりそういった話をしたことがないような気がして、良い機会かもしれない。

「ラクス、入るよ」

軽くノックをして扉を開くと、静かな室内に首を傾げた。もしかして散歩にでも行ってしまったのだろうか。しかしその場合は、たぶん自分を誘ってくれるはずだ。ひとりで行きたいときもあるだろうけれど。

「………?あ、いた」

視線をめぐらせると、ベッドに横になっている彼女を見つけた。
どうやら眠ってしまっているようで、キラは静かにドアを閉めて近付く。

うたた寝でもしてしまったのだろうか。

桜色の髪が白いシーツに散らばり、細くすらりとのびた手足が投げ出されている。

閉じた目を縁取る長い睫毛。ピンクの唇。

無防備なその姿に、眩暈がしそうだった。

「ん………」
「ラクス?」
「………」

もぞもぞと動いたため、目を覚ますのかと呼びかける。
しかし目はしっかりと閉じたままで、また規則正しい呼吸が聞こえてくる。

これはまだ起きないかもしれない、と思ってキラはラクスにかけてやる布団を探した。何が欲しいかはまた後で聞くことにしよう。それにこのままここにいても、自分には毒だ。

子供たちが使っているベッドから布団を拝借して彼女にかけようとしたとき。

「……え……?」

ラクスの白い頬に、涙が流れた。

何か悲しい夢でも見ているのだろうか。

そっと涙をぬぐってキラは顔を顰める。いつも自分のことを優しく包んでくれるラクス。彼女の涙を見たことは数えるほどしかない。

「ラクス、大丈夫だよ」

何が大丈夫なのか分からないが。
そっとラクスの小さな手に自分の手を重ねて、できるだけ穏やかな声で囁く。
恐る恐る彼女の頭に手をのばし、自分が以前してもらったようにその髪を撫でた。

ふわふわと柔らかい髪の触り心地に、キラはどきりとした。

すると自分の握る手の力がわずかに強まり、彼女の顔を覗き込むとゆっくりと目蓋を押し上げて空色の瞳が覗いた。

「………ラクス?」
「キ、ラ……」

掠れた声で呟いて、いまだぼんやりとした様子でラクスは部屋を見回す。それからもう一度キラの方を見上げて、小さく笑みを浮かべた。どこか切ない、悲しげな空気をまとって。

「ありがとうございます……」
「ううん。何か、嫌な夢でも見た?」
「………悲しい、夢を」

重ねた手が震えている気がして、キラはその細い身体を思わず抱き締めた。ベッドのスプリングが軋んで、ぎしっと鈍い音をたてる。自分の肩に顎をのせて、ラクスがほう…と溜め息を零した。
ゆっくりと、常よりも沈んだ声で言葉を紡ぐ。

「母と父が……並んでいて」
「うん」
「私はまだ幼くて、先を歩く二人にどうしても追いつけなくて………どんどん、両親の背中が遠ざかっていって……」
「………うん」

震える柔らかな身体を、少し強めに抱き締める。
その温もりに、安心したようにラクスは肩から力を抜いた。

「それは……悲しい夢だったね」
「はい……ですが」
「ん?」
「………キラが、傍にいてくださりましたから」

その言葉に腕の力を緩めると、視線を合わせた彼女が優しく笑みを浮かべる。透き通るような、とても綺麗な微笑み。

「頭を撫でてくださる優しい手と、繋いだ手の温もりが……私を引き止めてくれました」
「………………そっか」
「ありがとうございます、キラ」

まだ少し目元は赤いけれど、だいぶいつもの笑顔に近くなってきたようだ。
それに安心して、キラも笑みを返す。

「僕も、いつもラクスには助けてもらってるから」
「そうですか?」
「うん。悲しい夢を見たときは、いつもラクスがいてくれて。だから壊れずに、僕はここにいることができてるんだと思う」
「キラ……」
「僕の方こそ、ありがとうラクス」

素直な気持を告げると、くすぐったそうにラクスがはにかむ。
その姿がとても愛らしくて、またキラの身体を何かが駆け抜けた。

「それで、キラは何かご用だったのですか?」
「あ、うん」

そうだった、と思考を戻す。そのときに自分の体勢に気付いて、あわあわと身体を離す。ラクスをベッドの上で抱き締めたままだった。真っ赤になって座り直すと、幾分か名残惜しそうな表情でラクスも隣に並んで座る。

「えっとね……、明日ラクスの誕生日でしょ」
「はい」
「それで……その、僕まだプレゼントを用意できてないんだ。だから、ラクスはどんなものを貰えたら嬉しいのかなって」
「まあ、そうでしたか」

嬉しそうに微笑んで、そうですわね…と考え込む。
その横顔はすっかり元の彼女で。いつもこうやって、様々なものを抱え込んでいるのかもしれないと胸が痛くなる。自分は与えられてばかりで、何も彼女に返せていない。やっぱりこのままでは良くない、自分もラクスのために何かしたい。

しかしそう決意するキラに、彼女は意外なものを望んできた。

「そうですわね……では、明日のパーティの後に一緒にお散歩してくださいませんか?」
「え」
「夜のお散歩も、とても楽しそうですわ」
「…えーと…」

まあ、彼女らしいといえばらしいのかもしれない。
しかしそれではプレゼントにならないのではないか、そんな考えが顔に出ていたのだろう。ラクスは悪戯っぽく笑って、手を繋いできた。

「そのときに、腕を組んでもよろしいですか?」
「腕を?」
「はい。キラに甘えたいのです、せっかくの誕生日ですから」

重なった手から伝わる温かさが同じく優しさも感じさせてくれる。花のような笑顔に、そんなことで彼女が喜んでくれるならとキラは快諾した。

「ふふ、明日が楽しみですわ」
「なんだか申し訳ないな、ちゃんとしたものをあげられなくて」
「いいえ、私はそれだけで充分です。キラと過ごす時間は、とても大切でかけがえのないものなのですから」
「あ、ありがとう」

なんだか気恥ずかしくて俯いてしまう。
それに気を悪くするでもなく、ラクスは穏やかな表情で窓の外を見つめていた。

「………けど」
「キラ?」
「うん、今回はそれだけしかあげられないけど。来年は、絶対に何かプレゼントするからね」
「まあ」
「一年あるから、頑張って考える……」

真剣呟くと、隣でくすくすとラクスが笑う。とても楽しそうに、そして嬉しそうに。
繋いでいたキラの手を両手で包み、愛しさに瞳を輝かせて視線を絡ませる。

「来年、楽しみにしてますわね」
「うん、約束」
「はい、約束です」







たくさんの痛みを背負って、それでも優しく微笑んでいてくれるキミ。

その笑顔が大好きで、いつまでも見ていたくて。

その微笑みを向けられることの幸福に、想いは溢れていくばかりで。

交わされる約束が、切ないほど嬉しくて。

この涙が愛しい。


だからキミの笑顔がいつまでも続いていくように。

そしてその微笑みの理由に、なれるように。

ゆっくりと巡る季節の中、この手を繋いでいたい。

いま僕にできるのは、それだけだけど。



約束の日にはきっと。

僕からキミへ。

贈り物を届けに行くから。

そのときはまた見せてほしい。

僕の大好きな、キミの笑顔を。





fin...