+++ 真紅 +++ 「アスランってさ、赤と縁があるよなぁ」 「は?」 レクイエムもメサイヤも無事に止めることができ、ひとまずの戦いは終えることができた。シンとルナマリアを回収してエターナルに戻ったアスランは、戦闘が終われば特にすることもなく。 格納庫でぼんやりと疲れを癒していたのだが、いきなり声をかけられて振り返った。 そこには変わらず飄々とした笑顔で片手を上げるディアッカがいて、驚きに目を丸くしてしまう。なぜ、ここに。 「………ディアッカ、お前」 「我らが隊長が、エターナルの先導の任務を仰せつかったもんでさ」 「イザークが…?」 「ま、俺らの仲だし丁度良いんじゃないの」 「…じゃあイザークは今、ラクスのところか」 その言葉に頷いてディアッカが隣に並ぶ。無重力を楽しむかのようにふわりと身体を浮かせて、それからアスランの真紅の機体を見上げた。レクイエムを止めるために、背中のリフターを使ってしまいあれは爆発と共に消失してしまっている。 なんだか少し間抜けな姿になってしまったな、と愛機を見上げてアスランは思った。 「そういえばキラには会ったのか?」 「あぁ、俺たちがブリッジに顔を出したときは熱い抱擁を交わしてるとこでさ。もうイザークがキレそうだったぜ」 「………まあ、ラクスも心配しただろうからな」 「それにしても、ああいうのバカップルって言うんだろうな。あーあ」 羨ましそうに腕を頭の後ろで組む青年に、ふと視線を向ける。 それを感じたのか、何よ?と首を傾げられた。 「………いや、彼女には会いに行かないのか?」 「彼女って?」 「ミリアリアだ」 「………………。アスラン、お前さ」 「な、何だ」 はあ…と深い溜め息を吐き出す戦友に、訳が分からずアスランは戸惑う。そんな様子にも疲れたような表情を見せて、ディアッカはぽんと肩を叩いてきた。それはもう哀しそうな瞳で。 「ひとのこと心配してる場合じゃないだろ」 「それは…」 「あと、あいつのことはさ…なんていうか。気長に頑張るつもりだし?」 「………それは意外だった」 「お前、俺のことどう思ってるか聞いていい?」 「い、いや」 そういえば以前ミリアリアにディアッカの話を振ったとき、とてつもなく嫌そうな表情を浮かべられてしまったことを思い出す。 もしかして、触れてはいけない話題だったのだろうか。こういった会話はあまりしたことがないため、判断ができない。 「これがジャスティスか」 「お、イザーク。打ち合わせは終わったのかよ」 「あぁ。もう少し状況が落ち着いたら、本国へエターナルを誘導することになっている」 「ラクスはプラントに戻るのか…」 「評議会もそれを望んでいる」 短く答えて、イザークはアイスブルーの瞳を真紅の機体へと向けた。 睨みつけるかのような視線に、ディアッカは苦笑を浮かべアスランは何がなんだかよく分からない。 「そういえば貴様、一度はフェイスに戻ったらしいな」 「え?あ、あぁ」 「そこで新機体を受け取ったと聞いていたが?」 「…セイバーか。あれはキラに壊されたから…」 「何だよアスラン、何かしたわけ?あのキラがそこまでするなんて、珍しいじゃん」 「………まあ、確かに怒らせることをしてしまったとは思う」 いくらフリーダムが核エンジンを保有するずば抜けた技術の機体とはいえ、アスランが受領されたセイバーだってザフトの最新鋭の機体だったのだ。それをあそこまで完膚なきまでに叩きのめされたのは、自分の迷いのせいと、キラの激しい怒りのせいだったのだろう。 そんなことを考えていると、イザークが呻くような声を発した。 「………貴様、よくよく機体を壊すヤツだな」 「イザーク?」 「よく考えてもみろ!イージスはどうした!」 「………ストライクとの戦いで、自爆させた…」 「なら、ジャスティスは!」 「………………ヤキンでの戦いで」 「ジェネシス内部で、やっぱり自爆させたんだったか?アスラン、本当に自爆好きだな」 好きでやっているわけじゃない、という言葉をなぜか言えない。 さらにイザークは苛々とした様子で言い募った。 「それにユニウス・セブンでもだ!お前、ザクも大破させたそうだな」 「………う」 「それ考えると、今回これが残ったのは奇跡だな」 「………そこまで言うことはないだろう」 だが言葉はだんだんと尻すぼみになってきてしまう。いつだって負けるつもりも壊すつもりもないのだが、自分の意志とは裏腹に機体は破損してしまっている。なぜなのだろうか、と悩みそうになるアスランの耳に、くすくすと楽しげな笑い声が聞こえてきた。 「お、キラじゃん。ラクス・クラインとの再会はいいのかよ?」 「さっきぶりディアッカ。うん、ちょっと忙しくなってきたみたいだから、僕は邪魔になりそうだし出てきた」 「キラ…」 「アスラン、無事でよかったよ。本当に、機体壊すの好きだから」 「……別にそういうことは…」 「それに、怪我するのも好きだよね。いっつも僕たちのところに合流するときは、怪我してない?」 お前いつも傷だらけだな、とカガリに言われたことを思い出す。 二年前から、自分はあまり変わっていないのだと再認識させられた気分だ。 「でも不思議なのが、アスランの機体っていつも赤だよね?」 「あぁ、そうそう。俺もそう思った」 「俺が選んでるわけじゃない」 憮然として言い返すと、イザークが鼻で笑ったのが聞こえる。 「赤はトップガンの証だ。良いご身分だな、え?」 「……イザーク、お前さ…アスランが絡むと何でそんなに熱くなるわけ?」 「良いライバルってことだよね。うらやましいな」 「本気で思ってるのかキラ」 「うん」 アメジストの瞳を柔かく細めて笑う姿に、ディアッカは毒気を抜かれてしまった。キラはいつもそう。穏やかな空気に、こちらの意気はくじかれてしまう。そういうところはあの歌姫と良い勝負だろうと思った。 「これからディアッカたちはどうするの?」 「別に、いつも通り変わらないだろ。プラントを守って、イザークの撒き散らすものを片付けていくだけ」 「おいディアッカ、どういう意味だ」 「いえいえ、なんでも」 確かに彼らはいつまでたっても変わっていないような気がする。 アスランとキラはお互いに顔を見合わせて、それからゆっくりと笑顔になった。 「キラとアスランはどうするんだ?」 「俺はオーブに戻る。自分に出来ることを、探すつもりだ」 「出戻りか、貴様らしくてお似合いだ」 「…イザーク…」 「僕はまだ分からないかな。ラクスがどうするか決めてから、僕も決めるつもり」 キラとラクスの絆はもう他者が入ることは出来ないだろう。たった二年の間に、それはとても深まったように思う。いったい何があったんだよ、と野次馬根性丸出しでディアッカが聞いているが、馬鹿者!とイザークが一喝した。 「そういや、あれがキラの機体?」 「あぁ、うん。ストライクフリーダム」 「………何だそのネーミングは」 「さあ?誰がつけたんだろう、ラクスかバルトフェルドさんか」 「ちなみにアスランのは?」 「俺か?インフィニットジャスティスだが」 それもどうなんだろうか。 「隊長」 「シホか」 「間もなく出発の準備が整うそうです」 「分かった」 赤服の少女に頷いて、イザークは表情を引き締めて格納庫から出て行く。立派に隊長してるんだね、とキラが呑気に呟いた。 それを耳に入れながら、アスランは翡翠の瞳を自分の機体へと向ける。 今度こそ、こういったものが必要のない世界になればいい。 そしてそのために、自分は仲間と共に頑張っていかなければいけない。 諦めることなく。進み続けよう。 思いを同じくする、あの少女のためにも。 そう決意するアスランを、キラとディアッカは苦笑しながら見守っていた。 fin... |