+++ 夏祭り +++ 「わあ、すごい綺麗だよラクス」 「そうですか?ありがとうございます」 「カガリも…その…似合ってるぞ」 「あ、ありがとな」 いつもと違って髪を結い上げた少女たちは、華やかな浴衣を身にまとっている。 その姿にキラは嬉しそうに、アスランは少し照れ臭そうに笑った。 褒められた少女二人も、晴れやかな笑顔を見せてくれる。 「せっかくの夏祭りだ。楽しむぞ!」 「そうですわね。実際に体験するのは初めてなので、とても楽しみです」 「そっか。プラントにはないんだ?」 「こういう独特なものはないな」 まだ少し着心地が悪いのかアスランが自分の帯を確認しながら答える。それにキラが大丈夫だよ、と肩を叩いて笑った。ラクスとカガリだけでなく、自分たちも浴衣を着ているのだ。キラはオーブでの祭りには昔から参加していて着慣れているが、プラント育ちのアスランは初めてとのこと。 ラクスはエターナルにいた頃の服が着物に近かったから、それほど違和感はないらしい。カガリはオーブ育ちだから、やはり着物は経験がある。 「今夜は夜店もいっぱい出てるらしいからな、案内してやる」 「ふふ、楽しみですわ」 「アスラン、射的とか得意そうだね」 「射的…夜店はそんなものもあるのか?」 「うん。金魚すくいとか、ヨーヨー釣りとか」 からんころん、と下駄の音を響かせながら太鼓の響く場所へと向かう。 すでに随分と人が賑わっていて、これは下手をするとはぐれてしまいそうだ。 「ラクス、手繋いでいこうか」 「はい」 キラが差し出した手に、ラクスは微笑んで白い手を重ねてくる。 これほど裾の長い着物を着るのは初めてだそうで、少し歩きづらそうだ。彼女が転んでしまわないように、キラはそっと握る手に力をこめる。 そんな二人の様子を見てアスランは隣にいるカガリに視線を向けた。 賑わう人々に目をきらきらと輝かせている少女に、つい苦笑がこぼれそうになる。 「カガリ」 「え、あ、何だ?」 「手、貸せ」 「はあ?」 「はぐれたら困るだろ。お前、すぐ飛び出していきそうだからな」 「なっ、そんなことするか!」 「どうだか」 鉄砲玉のように飛び出して帰ってこない姿が想像できて、アスランは溜め息を吐きつつカガリの手を取る。 ぶちぶちと文句を言いつつも、カガリは反抗せずぎゅっと手を握り返してきた。そのことが少し気恥ずかしくて、アスランは視線を店の方へやって誤魔化す。普段はちょっと男っぽい言動の少女も、今夜は浴衣のせいでとても女性らしい。 そして握る手が自分よりも小さく柔かくて、なんだかどぎまぎしてきた。 「あ、アスラン。あれ食べよう」 「あれ?」 「水飴だ。甘くて美味しいぞ」 うきうきと腕を引っ張って早足になるカガリに慌ててアスランもついていく。 その様子を楽しげに見守るラクスの前に、ひょいっとキラが綿飴を差し出した。ピンク色のお菓子にラクスがまぁと青い目を見開く。 「可愛らしいお菓子ですのね」 「うん、それに食感が不思議で面白いよ」 「………本当ですわ。口の中でふわりと溶けていく感じが…」 「美味しい?」 「はい!」 気に入ったようで、あむあむと口に運んでいる姿が可愛い。ピンクの髪がアップにされているせいで、彼女の白いうなじが目に入ってきて、少しだけ胸が高鳴った。 少女の無邪気な姿にキラは紫苑の瞳を細めて、面白そうなものは他にないかと辺りを見回す。 すると、見覚えのある姿を発見して。 「シン?」 「あ、キラさん」 「わあ、ラクス様も。こんばんわー」 「ルナマリアさんも、こんばんわ。お二人で祭りにいらしたのですか?」 「あぁ、えっと…メイリンとヨウランたちも一緒ですけど」 「皆が気を利かせて別行動になったのかな?」 「キ、キラさん!」 真っ赤になって慌てる少年にラクスもキラも優しく笑う。 シンもルナマリアも浴衣を着ていて、すでにヨーヨーを手にしている辺り、シンが案内したのかもしれない。シンもオーブ出身だから、祭りには馴染みがあるのだろう。 そんな事を考えていると、ルナマリアが良いなあと呟いて、皆の視線が彼女を向く。 「キラさんとラクス様、ラブラブって感じで羨ましいです」 「「え?」」 「いきなり何言ってんだよルナ!」 「だって、手繋いで歩いてるなんてうらやましいじゃない。シンも繋いでくれたっていいじゃない」 「なっ、できるか馬鹿!」 「馬鹿とは何よ馬鹿とは」 茹で上がったタコのような顔になるシンに、ルナマリアがにやにやと笑ってにじり寄る。 じりじりと下がっていくシンを面白がっているようだ。 あれはあれで仲が良さそうだけどな、と思うキラの横でラクスも楽しそうにくすくすと笑っている。 「シンたちはこれからどうするの?」 「え、あ…そろそろ花火の時間ですよね」 「そうだね、そろそろ」 「見える場所にでも移動するつもりです」 「そっか。僕たちも移動しようかラクス」 「はい」 キラもシンも、それぞれお気に入りの場所があるらしく、そこへ移動するため互いに手を振って別れる。去っていくシンの浴衣の袖をつかんでいるルナマリアが何だか楽しそうで、それだけでキラもラクスも笑みを浮かべてしまった。 「ん?何だか騒がしいな」 「射的の方か?あ、あれ」 「…ディアッカ?」 水飴を堪能してぶらぶらと歩いていたカガリとアスランは、賑やかな一角に視線を巡らせて知人がいることに気付いた。浴衣を着て呆れたような表情を浮かべていたディアッカも、こちらに気付いて軽く手を上げる。 「よう、お二人さん。デート?」 「デ、ディアッカ」 「なんだよ、照れることないだろ。はあ〜あ、うらやましいぜ」 「なんだお前、ミリアリアがいるんじゃないのか?」 カガリの直球な言葉にディアッカはうっと詰まり、アスランは何かを察したようにカガリの肩をぽんと叩いて追及をやめさせる。そして騒ぎの原因であるディアッカの連れらしき青年に声をかけた。 「お前は何をやっているんだイザーク」 「良いところに来たな貴様。勝負だ」 「はあ?」 「こいつ射的に夢中になっちゃってさ。何とかしてくれよ」 「お、射的か良いな!私もやるぞ」 「カガリ…」 「ほら、アスランも」 嬉々として参加する少女にアスランも仕方なく頷く。 相変わらず勝負事に燃えるイザークに頭が痛くなりつつ、同じようなカガリに溜め息を吐きつつ。 実はこの二人、良いコンビなんじゃないだろうか。 「……おいイザーク」 「何だ」 「その頭やら腰やらについてるものは何だ」 「面だ。そんなことも知らんのか」 「いや、そうじゃなくて…」 「俺の研究に必要なものだから、購入したまで。こうして様々な文化に一気に触れられる機会はそうないのでな」 「………そういや、お前の趣味って民俗学だっけ?」 「へえ、なんか面白そうだな」 そう雑談を交わしつつも、射的の腕は止まらない。 互いに闘志を剥き出しにしながら高得点を叩き出すカガリとイザーク。 そして冷静にいつものように一番良い成績を出すアスラン。 「くそー、またアスランに負けた」 「くっそぉぉぉ!!」 「イザーク、お前もよく飽きないよなぁ。何年越しに勝負挑んでるんだって」 「うるさい!いつか絶対に勝ってやるからな!」 ぎゃんぎゃんと噛み付く元同僚にアスランは涼しい顔で、楽しみにしてるさと笑う。それがまたかちん、ときたらしくイザークは掴みかからんばかりの勢いだ。それを後ろから羽交い絞めにしてディアッカが何とか抑える。その表情は、勘弁してくれよと語っていた。イザークもせっかくの浴衣が乱れてしまっている。 ここにシホでもいた日には、顔を真っ赤にしたに違いない。 「お、そろそろ花火の時間だな。行こうアスラン」 「あぁ…花火があるのか」 「良い場所があるんだ!急ぐぞ」 浴衣を着ているとは思えないスピードで駆け出す少女に、アスランが慌てて追いかける。 背後でディアッカの悲鳴が聞こえたのは、なかったことにして。 夜空に咲く大輪の華。 輝く鮮やかな光は、その残像を残しすぐに消えていく。 けれどそれを見つめる人々の心の中に、強い何かを残して。 そして隣に立つ大切なひとへの想いを強めていくような気がする。 それぞれの場所で夜空を見上げる少年と少女たちは、何を思っただろうか。 こうして互いに寄り添い、穏やかな時間を過ごせている幸福。 そしてそれらを守っていきたいという、静かな決意。 ゆっくりと夏の時間が、過ぎていった。 fin... |