++ 雪の日に ++ アスカガver
「ほら、アスランこっちこっち!」 「別に走らなくても雪は逃げないだろ」 「何言ってんだよ。時間がもったいないだろ」 腰に手をあてて振り返った少女は、分かってないなぁというように顔の前で指をちっちと振ってみせる。そんなカガリの仕草にアスランは眉を寄せた。だいたい寒い中をわざわざ外に出るなんてどうかしている、と思うものの。彼女の楽しげな笑顔を見てしまうと、それも悪くないと思えてしまうのだから不思議だ。 「空き時間はあんまりないんだから、はしゃぎすぎないようにしろよ」 「分かってるって。なあアスラン、雪合戦しよう!」 「………」 本当に分かっているのか、と問い詰めたい。 だがくるりと振り返ったカガリの瞳の輝きに、反論しようとしていた言葉は全て失われてしまう。 一国を背負う者として、こんなところで雪遊びなんてしている場合ではないのだけれど。でも彼女らしさを失ってほしくないのも事実で。本当ならもっと力の限り遊びたいのだろうに、愛する国と民のために必死に頑張っている少女。 それを思うと、少しぐらい付き合っても罰は当たらないだろうと思う。 「雪合戦だと身体が冷えるからやめておけ」 「えー」 「カガリに風邪を引かれたら困る」 「そりゃ、代表が倒れてたら仕事になんないだろうけどさ」 「それに、俺も心配でいてもたってもいられなくなる。だからやめてくれ」 「………………」 「?どうした、カガリ」 突然黙り込んでしまったカガリに目を瞬いて振り返ると、いきなり雪玉をぶつけられた。 ぶっ!?と息を詰まらせて顔にかかった雪を払うと、なぜか怒ったような様子でずんずん先に歩いていく少女の背中が見えて。怒られるようなことを言っただろうか?と首を傾げる。 「おい、カガリ。あんまり早足だと…」 「わあっ!?」 「わ、っと」 ずりっと足を滑らせたカガリの身体をふわりと受け止め、やっぱりこうなったかとアスランは苦笑した。 説教でもしてやろうかと少女の顔を上から見下ろすと、なぜか真っ赤に染まっているその顔があって。ぱちくりとアスランは翡翠色の目をしばたかせてしまった。 まさか、もう熱でも出したのだろうか。 「…カガリ?」 「う、うるさい!」 「…まだ何も言ってないぞ」 「い、いいから!早く起こせよ!」 「それがひとに頼む態度か。まったく…」 まるで無人島で初めて会ったときのようだな、と思いながらアスランはカガリの背に手を添えて起き上がらせる。するとやはり無言のまま、カガリはじっとこちらを見つめていて。何か言いたげなその様子に首を捻る。 「カガリ?」 「………ありがとな」 「………ぶっ」 「なんでそこで笑うんだよ!」 「いや、カガリも素直じゃないなと思って」 「ふん、悪かったな」 まだ赤い顔のままそっぽを向く少女に、ますます素直じゃないと笑ってしまう。 それから距離を縮めてそっとカガリのおでこに手をのばすと、びっくりしたように彼女が目を瞠った。 自分のおでこと比べてみて頷く。 「…別に、熱はないみたいだな」 「どういう意味だ」 「あ、いや。顔が赤いから熱でも出たんじゃないかと…」 「いきなり出るわけないだろ!………ほんと、鈍感だよなお前」 「鈍感?俺が?」 「なんでもない。熱はないから、大丈夫だ」 そうは言ってもカガリの頬はいまだに赤い。しかしそのことを言う前に、むんずと腕をつかまれた。 「っていうか、アスラン手冷たすぎるぞ!なんだ、この手」 「え?」 「ほら、私があっためてやるから」 「あ、いや、カガリ?」 手袋をはずして両手で自分の手を包み込まれたアスランは戸惑う。 確かに触れるカガリの手はとても温かくて、指の先までほんわかと温められていく。 だがその分、カガリの手から熱が奪われていってしまうのではないかとアスランは眉を顰めた。 「俺のことはいいから、お前はちゃんと温まれ」 「よくない。アスランばっかり冷えてたら、私が落ち着かないんだ」 「それは…」 「だから黙って温められてろ」 「あのな…」 横暴な少女の言葉にげっそりと肩を落とすと、満足気に笑ってカガリはまた手を温めることに集中し始める。手をこすったり、息を吐きかけてみたり。一生懸命なその姿がなんだか照れ臭くて、アスランは自分の頬がじわじわと熱を持ってくることに気付いた。そして思う。 さきほどカガリの顔が赤かったのは、もしかしてこれと同じ現象なのだろうかと。つまり、照れていた? そのことに思い当たり、アスランは自分の口元が綻ぶのを感じる。 何笑ってんだ?と訝しげな表情を浮かべるカガリにただ笑みを向けた。 「おーっしゃ、完成」 「ずいぶんと大きな雪だるまだな…」 「アスランはアスランで、なんで雪うさぎなんか作ってんだよ」 「……おかしいか?」 「いや、すごい上手いとは思うけどさ」 ひとりちまちまと雪を丸めていたかと思うと、可愛い雪うさぎを作っていたようで。 ハロやトリィなどを造り出してきたその指先はやはり器用らしく、とても綺麗に作られている。 それに対してカガリの作った雪だるまは豪快という言葉がぴったりな出来上がりだ。 「マフラーでもかけようかな〜」 「さすがにそれは待て!」 「えー、なんで」 「お前に風邪を引かれたら困るって言ってるだろう。それにそろそろ戻る時間だ」 「ちえ」 不満そうな少女の腕をとって、逃がすものかとアスランは歩き出す。だいぶ遊んで満足したカガリは、それほど抵抗することもなく、ちょっとだけ唇を尖らせてみせた。こうしたじゃれ合いをするのもなんだか久しぶりな気がしたから、楽しいのかもしれない。 どうしてもオーブの代表として公式の場にいることが多い以上、アスランとぎゃいぎゃい大騒ぎをすることも出来ない。もう子供ではないのだから、と自分に言い聞かせたりもするけれど。ときどきはこうしてはしゃぎたくなるものだ。 そんな事を言おうものなら、ときどきか?と隣を歩く青年は眉を顰めるのだろう。 「あー…写真撮ればよかった」 「…まだ言うか」 「だってせっかく作ったんだし、記念に残したい」 「あのなぁ」 「アスランが作った雪うさぎも、可愛かったのに」 「あんなの、いくらでも作ってやるから」 「本当か!?やったー!」 「…そんなにはしゃぐことか…?」 「分かってないなぁ」 ちっちと指を振れば、訝しげな視線が返ってくる。 それに、カガリはにやりと笑みを浮かべてから口を開いた。 「アスランと一緒にいられる時間なんだから、はしゃぐに決まってるだろ?」 「なっ!?」 「はは!アスラン、顔真っ赤だぞ!」 「カガリ…お前…」 「なんだよ」 「………。………男前すぎるのにも程があるだろ…」 「…おい、それどういう意味だ」 「そのままだが?」 「アースーラーンー!!」 「うわっ!雪を投げるな!」 「このまま二人雪合戦をしてやる!」 「いい加減にしろー!!」 時間も忘れて、ただこうして笑っていられたらどんなにいいだろうと思う。 けれどいま自分たちはすべきこと、やらなければいけないことがたくさんあって。そのためには辛くても苦しくても、頑張らなくてはならない。でもそれも、こうした時間を手に入れるためのものだと思えば、もうちょっとだけ頑張れるような気がするのだ。 こうして傍にいてくれる大切なひとと、楽しい時間を分かち合う。 その愛しさを思い出させてくれる、真っ白な雪。 無邪気な笑顔を見せる少女に、青年も小さく笑みを浮かべた。 f i n ... |