++ 共にいる幸せ ++ 










「あれ、隊長?」
「シン。こんなところでどうしたの?」

だいぶ見慣れた白い軍服を揺らして振り返るキラに、思わず声を出したシンは目を瞬く。
少年の赤い瞳がぱちくりと見開かれているため、どうしたのかとキラは首を傾げた。

「今日、仕事…なんですか?」
「え?うん。残業にならないといいんだけどね」

軍属というのは、いつ何が起こるか分からない。
だから残業という災害も、いつ降りかかってくるかは見当もつかないのだ。
のんびりと笑って書類を手に歩き出すキラに、なんとなくシンも続く。複雑そうな顔のままで。

「………今日、誕生日って聞きましたけど」
「あれ?よく知ってるね」
「ルナたちが騒いでたんで」
「あぁ、女の子たちって好きだよね、そういうイベントごと」

自分の姉は逆にそういうのは嫌っていたが、と苦笑まじりに思い出す。
みんなで賑やかに騒ぐのは好きなのだろうが、それが自分が主役となるとむずがゆいらしい。
しかも彼女の場合、立場上から堅苦しいパーティに巻き込まれることが多いのも原因だろう。

自分が誕生日なのだから、そういえば姉も誕生日なのだったと思い出す。
どうしよう、何もお祝い考えてなかった。

「隊長?」
「…うーん……恨まれるかなぁ」
「は」
「あ、いや。カガリに誕生日プレゼント用意してなかったなと思って」
「あぁ…大丈夫じゃないですか、あのひとなら」
「そう思う?」
「一発殴れば気がすむタイプでしょ、あのひと」
「え、それ僕に殴られろってこと?」
「隊長なら笑って避けそうですよね」
「一度、殴られたことあるけどね」
「うそぉ!?」
「ほんとほんと」

まあ、あれは事故というか何というか。
懐かしいなぁと笑って頷くキラに、シンは怪訝そうな表情を浮かべている。

それにしても、シンの中のカガリのイメージというのはどんなものなのだろう。
赤い軍服を身にまとって隣を歩く少年に視線を向けて、キラは紫苑の瞳を穏やかに細める。
こうして普通にカガリの話題を出せるようになっただけでも、大きな進歩だ。

「それよりもシン」
「はい?」
「僕のこと、隊長だなんてよそよそしい呼び方しなくてもいいのに」
「え…いや、それは…」
「けっこう寂しいんだけどな」

そうは言われても、とわたわたと慌てるシンの様子に思わず笑みをこぼして足を止める。

「じゃあ、僕はこっちだから」
「あ、はい」
「またね」
「…あの、キラさん!」
「ん?」
「誕生日、おめでとうございます!」

そう言って、シンはキラが向かうのとは反対の方向へ駆け出していった。
彼の耳が真っ赤に染まっていたのが、後姿でも分かってキラはぽかんと見送ってしまう。

それから、精一杯の彼からのお祝いの言葉に穏やかに微笑んだ。

「ありがとう、シン」












長い長い戦いの日々。

その間に失ったものがあり、傷つけたものがあり。
敵対した相手もいれば和解することのできた相手もいて。

そうしてこれからの日々も生きていくのだろうと、なんとなく思う。

シンと会った後も、ルナマリアやメイリンたちから誕生日のお祝いをもらって。
ほかほかと心が温まるのを感じて、キラは残業することもなく家へと帰宅することができていた。

車から降りて、ふと自分の家に明かりが灯っていることに気付く。

まさか。

慌てて玄関へと向かってもどかしく思いながらキーを差し込み、扉を開ける。
すると自分の顔面に飛び掛るようにしてピンクの塊が突進してきた。

<キラ、キラ!>
「うわあっ!?……っと、ハロがいるってことは…」

なんとかぎりぎりでハロをキャッチし、キラははやる気持ちを抑えながらリビングへと向かう。
扉を開けると、テーブルにはおいしそうな料理が並べられていて。
キッチンから顔を出したのは、ここプラントで愛され尊敬されているひとりの少女。

「ラ…クス…?」
「まあ、キラ。おかえりなさい」
「な、え、どうして…?しばらくは会議で戻って来れないって…」
「はい。ですが今日はせっかくのキラの誕生日ですもの、どうしてもとお願いして」
「…戻って来たんだ?」
「はい」

ふわりと柔らかく笑うラクスに、キラはがっくりと肩の力を抜く。
そんな私情で議会を投げ出していいものだろうか。彼女の随身も大変だ。

けれど、自分のためにこうして戻って来てくれたことが嬉しくて。
キラは素直に笑みを見せて、新たな料理を手にしているラクスの傍へと歩み寄った。

「ありがとう、ラクス」
「いいえ。私もキラとこうして過ごせることが、幸せですから」
「うん、僕も」
「冷めないうちに、どうぞ食べてくださいな」
「ありがとう。すごいたくさんあるね」
「お料理も久しぶりで、はりきってしまって」

確かに、彼女は自分以上に忙しい日々を送っている。料理をする暇もなかっただろう。
平和のためにと、そのために労を惜しむつもりはないけれど。
ラクスという少女が、本当はささいな幸せを望んでいることを知っている。

穏やかな日々の中で、料理をしたり、洗濯や掃除をしたり。
そんな日常的なことをするのが、彼女は好きなのだ。

けれど現実は、ラクスという存在を求めていて、ささやかな幸せからは遠い。

だからこそ、そんな彼女の力に、ほんの少しでもなれればと。
たおやかなその身体と優しい心が、傷ついてしまうことのないように願って。
隣に座るラクスの柔らかな身体をそっと抱き締める。

「すごい、嬉しいよ。こんなに作るの大変だったんじゃない?」
「ふふ、楽しかったからいいんです」
「そっか。あ、でも皿洗いは僕がやるよ。ラクスも疲れてるでしょ?」
「せっかくですから、一緒にしませんか?きっと、楽しいですわ」

一緒に何かをできる幸せ。
それを教えてくれる存在に、キラはまたひとつ、笑みを浮かべた。








「あ、そういえばカガリの誕生日プレゼント考えてなかった」
「カガリさんは…恐らくオーブを上げての誕生日会になってるのでしょうね」
「だろうね。じゃあ今日は忙しいかな」
「私たちは、明日にでもお祝いメッセージをお送りすればいいかもしれませんわ」
「そうだね。アスランぐらいは…今日、お祝い言えてるといいんだけど」
「ふふ、きっと大丈夫ですわ。アスランですもの」
「うーん……だから心配でもあるんだけど」
「きっとカガリさんが後押ししてくださいます」
「本人に後押しされるのもどうなんだろう…」








f i n ...