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2.シンルナ編
















「ほら、シン!ちゃんと選んでよね」
「…何だっていいだろ。どれも同じだって」
「全然違うでしょうが!もう、どんな色が好きなのよ」
「…俺が選んでも文句言うじゃないか」

ぶちぶちと文句を言う少年の腕を引いて、ルナマリアは新たな商品を手にとる。
オーブへと長期休暇で訪れていたシンは静かな時間を過ごそうと思っていたのに。
なぜか共についてオーブへとやって来たルナマリアに、こうしてショッピングにかりだされているところだ。どうしてこんなことに、と先ほどから溜め息ばかりである。
いや、彼女と休暇を過ごせるのは嬉しい。嬉しいのだが。
女性の買い物の長さは、とことん苦手なのだ。

「明日のお祭りに着てく浴衣選んでるんだから、もうちょっと集中してよね」
「…なんでそんな張り切ってるんだよ」
「だってちゃんと着たことないし。一度着てみたかったのよねー」
「着慣れてないのに着ると疲れるぞ」
「いーの」
「はあ…」

これは何を言っても無駄そうだ、と諦めて彼女の買い物に付き合う。
こういうときに逆らうとより面倒なことになる、というのはよく知っている。

これは?あれは?とルナマリアがとっかえひっかえ浴衣を身体にあてていく。
そのどれも彼女には似合うように思えて、シンは曖昧な返事しか返すことができなかった。
健康的で明るい彼女は本当にどんなものでも似合うと思う。レイ辺りに聞かれたら、惚れた欲目だろうと淡々と返されてしまいそうだが。

明るい色だって彼女らしくて良いし、逆に黒系だって彼女の明るさが引き立つ気もする。

「……やっぱり俺には向いてない、こういうの」
「何よいきなり」
「どういうのを選んだらいいのか分からないんだよ。俺はどれでも似合うと思うし、ルナが喜ぶものの方が良いとは思うし」
「………ふぅん、そんな風に考えてたんだ」
「…何だよ」
「べーつにー。ふふ、じゃあこれとこれならどっちがいい?」

何やら急に機嫌が良くなった彼女に怪訝に思いつつ、シンはそれならこっちと指差した。
藍色を貴重とした艶やかな蝶が舞う、少し大人っぽい柄の浴衣。
もともと女の子らしすぎる服装を好まないルナマリアは、こういう大人びた服装の方が好きらしい。
すらりとした肢体を持つ彼女には似合うと思うからシンも文句は言わないけれど。

ならこれに決まり、と会計を済ませようと歩き出したルナマリアは何かを思い出したように顔を上げる。

「ねえ、シンは浴衣着ないの?」
「はあ?俺が浴衣なんて持ってるわけないだろ」
「じゃあついでに買っていこうよ」
「なんで」
「私が見たいから。今度は私が選ぶわよ」
「…まだ買い物は続くのか…」

いらないよ、と渋い表情で応えても却下!と言われてしまった。
本当に、どうしてここまで気合が入っているのか意味が分からない。















「んー、明日楽しみ!」
「そーかよ」
「そういえば、キラさんたち店出すんだってね」
「え」
「マルキオ様のところの子供たちとで、ヨーヨー釣りやるんだって」
「へえ…」

そういえばキラがラクスと共に一週間ほどの休みをもぎとった、とは聞いていたが。
まさかこのお祭りのためだけに休暇をとったのだろうか。…あの二人ならありえる。

「明日、キラさんたちの店に顔出してみてもいいでしょ?」
「…別に、好きにすればいいだろ」
「うん、好きにする。シンも行きたい場所あったら言ってよね」
「………明日じゃなくて、今からでもいいか?」
「え?」
「あの慰霊碑。ちょっと見てこようと思って」
「シン…」
「父さんたちの墓はないから…あそこが俺にとってはそれの代わりなんだ」
「…うん、行こう。シン、そのためにオーブに来たんだもんね」

気付いてたのか、と赤い瞳を瞬く少年に当たり前でしょとルナマリアが小さく笑った。
シンの大切な家族が眠る場所。彼が育った、様々な思いの刻まれた故郷。
この場所へ彼が足を向けると分かって、どうしても一人で行かせたくないと思ったのだ。
きっともう大丈夫だと、分かってはいるのだけれど。

この紅の瞳が悲しみに染まるのは見たくなくて。

「ん」
「?」

視線は合わせないまま、差し出された手。
不機嫌そうに見えるシンの表情は、照れたときのものだ。
相変わらず素直じゃない少年にくすくすと笑みを零して、ルナマリアはその手をとった。
















慰霊碑からの帰り道、ふとシンは何かに気付いたように顔を上げた。

「なあ、ルナ」
「何?」
「…浴衣、着られるのか?」
「着られるわけないじゃない」
「はあ!?」
「シンが着せてくれるんでしょ」
「なっ!何言ってんだよ!?できるわけないだろっ」

真っ赤になって怒ったような声を発する少年に、ええーとルナマリアが頬を膨らませる。
ええーはこっちの台詞だ、とシンは心の底から叫びたかった。
自分で浴衣は着ることができる。だが着せるとなると話は別だ。
しかもルナマリアに着付けるなど、また別の意味で問題があるような気がする。

「あ、シン。やーらしいこと考えてるでしょ」
「ちっがう!だいたい、浴衣ってけっこう薄着なんだぞ、俺に着せろって…!」
「もー、シンって文句ばっかりよね」
「………ルナが大雑把すぎるんだろ」

明日のお祭りがはてしなく憂鬱になってきた。
がっくりと肩を落とすシンと、うきうきと明日に思いを馳せるルナマリア。

そんな少年少女の姿は、なんとも対照的だった。



















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