+++ 飛 翔 +++
21.喜びの裏側 心強い仲間を加えたアークエンジェルは、以前も身を潜めていたフィヨルドへと向かうことになった。 だがその前に物資を補給する必要があり、乗組員の気分転換もかねて短時間ではあるが陸に上がって街を歩くことを許される。もちろん、少人数で目立たないようにして、交代しながらではあるのだが。 「…カガリが出てきちゃって大丈夫だったのかな」 「この格好ならバレやしないって」 「確かに、いつもの雰囲気と全然違うわよね」 ミリアリアが感心した通り、街を歩くカガリは女の子らしい可愛いワンピースを着ている。 カガリの性格をよく知る者であれば、そんな格好をしてどうした!?と驚くところだ。 「カガリ、そういう格好も似合うのに」 「…私の趣味じゃないんだっ!」 「まあ、ズボンで筋トレしてるのがカガリのイメージだけど」 「…どういう意味だおい」 「活発なのだって、それはそれで魅力なんだからいいじゃない」 「あはは、活発すぎて最初は男の子だと思ってたけどね」 「アスランといい、お前といい…!!………あ」 思わず出してしまった名前に、カガリは口に手を当てる。 そんな姉の姿を見たキラは別に責めるでもなく、ふわりと微笑む。 彼の紫苑の瞳に優しい色が灯っていることに気付いたミリアリアは、何も言わなかった。 「…アスランも、カガリのこと男の子だと思ってたんだ?」 「………あぁ、初めて会ったときにな。胸触ってやっと気付いたんだぞ、あいつ」 「え、胸触ってって…」 「あ、ご、誤解するなよ!?別にやましいことしてたんじゃなくて…!組み手をだな」 「………カガリ、なんていうか…コーディネイター相手に喧嘩売るのはやめた方が」 「うるっさい」 そんなことをいちいち計算に入れる姉ではないことなど、キラもよく知っているけれど。 むす、と頬を膨らませるカガリに可愛い格好が台無しよ〜とミリアリアが笑う。 しまった、という表情を浮かべてすましてみせるカガリがなんだかおかしくて、キラはぷーっと噴き出してしまった。おかげでまたカガリが怒り、結局いつものやり取りになってしまう。 「…でも、よかった」 「何がだ!」 「アスランのこと、いまでもそうやって普通に話題に出せるんだから」 「……それは………。………辛いのはキラの方じゃないのか?」 「え?」 「また…アスランと戦うことになって」 「うん…」 こうして自分たちの会話の中には、当たり前のようにアスランの名前が挙がる。 それは彼の存在がいまも大切なものに変わりはない、ということの表れでもあった。 いまは道を違えてしまったけれど、だからといってアスランを敵と思うわけではない。 そんな風に考えるのはおかしいと、自分たちは先の大戦で学んだのだから。 「なら、今日は二人とも思い切り羽根を伸ばさないとね!」 「わ、ミリィ?」 「ずっと中にいたら息が詰まるもの。外の空気を楽しみましょ」 「あ、あぁ」 「頼まれた買い物リストもあることだし、時間も限りがあるし。じゃんじゃん店回るわよー!」 「…うん、そうだね」 今回の散歩には加われなかった者もかなりの数いる。 マードックなどは新しくアークエンジェルに収納されたムラサメ隊の整備に忙しいようだし、操舵士のノイマンも艦を離れることはできない。そして艦長であるマリューも。 自分たちだけこうして自由に過ごせているのは、なんだか申し訳なかった。 そういえば、先の大戦でもこうして艦を離れて買い物に出たことがあったような。 「………あぁ、砂漠で」 「え?どうしたのキラ」 「あ、いや…前にもこうやってカガリと買い出ししたことがあったな、って」 「あーあったな。ケバブの戦いが」 「…あれはバルトフェルドさんとカガリが勝手に白熱してただけでしょ…」 げっそりと溜め息を吐くキラ。 ケバブにかけるソースはチリソースかヨーグルトソースかで、二人は真剣揉めていたのだ。 そのとばっちりを食って、自分のケバブには両方のソースが大量にかかるという、本当に不幸な運命を辿ってしまったのも懐かしい。……あれはソースの味しかしなくて悲惨だった。 そんな思い出を語ると、ミリアリアはそんなことがあったんだと楽しそうに笑う。 そういえば、あの買い物のときにフレイが頼んだ化粧品は揃えられないとカガリが言っていた。 あの頃にはフレイがいたのだ。そしてトールも。ぎこちなくなっていたが、サイやカズイもいた。 戦うことの意味が分からず、ただ失わないために敵の命を奪っていたあの頃。 いまは、違う道を歩けているのだろうか。 またこの手は引き金を握り、照準を目の前の敵へと合わせている。 やっていることはあの頃とたいして変わらない。 「キラは結局どっち派なんだ」 「え、何の話?」 「ケバブのソース!」 「…何年も前の話を蒸し返すのはやめようよ」 「アスランにも今度聞いてみないとだな」 「ふふ、なんだかお腹空いてきちゃった」 「私もだ。よし、何か食べるか」 「カガリ、買い出しは」 「腹が減っては戦はできぬ!まずはエネルギー補給だ」 「さーんせーい」 「ミリィまで…」 疲れた表情を浮かべるキラの両腕を、カガリとミリアリアが片方ずつつかむ。 少し強引に引きずられていきながら、キラの表情には柔らかい笑みが自然と浮かんだ。 あの頃と違うのは、自分が守りたいものがはっきりしているということ。 大切なひとを守りたい、大切なひとが生きる世界を守りたい。 ならばそのために自分が戦うべき相手はなんなのか、それを見極めることを忘れずに。 そうして進んでいけばきっと、いまは共に歩めない親友ともいつか道は交わる。 そう自分に言い聞かせて、キラは浮かぶ不安にとりあえず蓋をした。 その見極めるべき敵が、いまだ見えないままということに気付いていながら。 「ああー、もう着替えちゃったの〜?」 「あんなん着てられるか!」 「えー、写真撮ろうと思ってたのにー」 「ぜったいに、い・や・だ」 アークエンジェルに戻ったカガリは、すぐさま部屋に戻ると軍服に着替えてしまっていた。 よほどワンピースを着ているのが嫌だったらしい。まあ、分からないでもない、とキラは苦笑した。 すれ違うオーブ軍人がみんな、素晴らしくお似合いですカガリ様!と褒めてくるのだから。 カガリとしては女性らしい格好を敬遠している節もあるから、そう言われるとむずがゆいのだそうだ。 キラからすれば、女の子らしい服装もちゃんと似合うのにもったいない、と思う。 …そんなこと口に出そうものなら、鉄拳が飛んできそうだから間違っても言わないが。 「アスランに見せてあげる用に、撮っておけばよかったのに」 「ねー?」 「どうせ笑われるのがオチだから嫌だ」 「そんなことないって言ってるのに。ですよね、艦長」 「えぇ、とっても可愛かったのに」 ひょっこりと顔を出したマリューは、悪戯っぽい笑みを浮かべるミリアリアに乗っかる形で楽しげに笑いながらカガリの傍へ寄ってきた。包み込むような微笑を前に、カガリはあーとかうーと唸っている。 確かに、マリューに褒められるとどうしたらいいのか分からなくなる気持ちはなんとなく分かる。 「三人とも、買い出しご苦労様」 「いえ。とりあえずリストのは全部揃いましたけど…」 「この温泉の素、って?」 「あぁ、これからまた長期間潜航することになるから、必要かと思って」 「?」 「ずっと外に出られないから、気分転換に。ね」 お湯に入れればそれだけで色々な温泉を楽しむことができる粉末。つまり入浴剤だ。 ただでさえアークエンジェルには露天風呂をイメージした大浴場がある。それにこれを入れて、雰囲気を変えて楽しもうということなのだろう。相変わらず、お茶目な発想だ。 そもそも、戦艦に露天風呂もどきがある方がお茶目すぎるわけだが。 「それじゃマリューさん、僕はちょっと休ませてもらいます」 「あら、そう?せっかくだから使ってみたらどう?」 「あ、いえ。アマギさんたちにどうぞ。その…すごい頑張ってくれてるんで」 「確かに、頑張ってるわよねー」 「…頑張りすぎな気もするがな」 カガリのためにと、燃え上がるオーブ軍一同は艦内の仕事も率先して行ってくれている。 それはもう、キラなどは自分の仕事がほとんどなくなるのではないか、というほどだ。 しかもアマギらに「様」づけで呼ばれることが定着してしまったようで、それが落ち着かない。 廊下ですれ違うオーブ軍人が、きちっと挨拶してくれるのに戸惑いながら挨拶を返す。 ようやく自室へと戻ったキラは、ぼふりと寝台に寝転がった。 こうして一人になると、思考はずぶずぶと深く沈みこんでいく。 そういえば先の大戦ではいつも一人で、こうやって寝ながら泣いていた。 守るべきものからも疎外され、何のために戦うのかも分からず親友と敵対して。 カガリと思い出を語り合ったせいだろうか、昔の記憶が次々と甦っていく。 戦いたくないのに、といつも泣いていた過去の自分。その思いはいまも変わらない。 敵だと割り切ることもできず対峙することになった、砂漠の虎。 生き残るために、ただがむしゃらにあのときは戦って。バルトフェルドを傷つけた。 今回は違うと、言えるのだろうか。と、昼間も思ったことを再び問う。 あの頃とは確かに、戦う意味や理由は違う。 けれど、自分の行動全てが正しいとは思わない。 何が正しくて間違いなのか、それは分からないままだから。 「………はあ、ダメだな」 先の大戦の頃から、自分は何も成長などしていないのかもしれない。 自分の勝手な考えで、アスランを傷つけてしまったのではないか。そんな不安がずっとある。 アスランと再び戦ったあのとき、確かに自分には怒りが宿っていた。 どうして分かってくれないのかと、こちらの言い分を叩きつけてしまった。 それでは何も解決しないと分かっているのに、人間というものはすぐ感情に我を失う。 もっとちゃんと、アスランと話し合えればいいのに。 何か目に見えないものが動いているような不気味さに、不安が増していく。 こういうときに優しく頭を撫でて歌を紡いでくれていた少女が、傍にいない。 彼女は無事だろうか。怖い目に遭っていないだろうか。 「ラクス……」 君なら、こんなときどうする? そう心の中で問いかけて、キラは枕に顔を埋めた。 彼女のあえやかな声と、凛とした笑み、柔らかな髪が脳裏に浮かんで。 届かないその温もりに、ぎゅっとシーツを握った。 NEXT⇒◆ |