+++ 飛 翔 +++


8.見失わないために













国中が代表の結婚式で沸き立つ中、人混みの中にあって視線を彷徨わせている男がいた。
喜びに溢れる民の表情とは違い、どこか達観したような面持ちで無精ひげを撫でながら辺りを見回す。
そんな男の視線が一点で止まる。その先にはひとりの青年が立っていて、彼も誰かを探しているようであった。

背を向けるような形で立っている青年はこちらの存在に気付いていないようで、仕方なくのんびりと近づく。
いつもより人が多い街は、自分たちのような存在にはありがたい。

街を駆け回る子供たちが足にぶつかって驚いたような顔をした青年が、ようやっとこちらに気付く。

ひらりと手を上げて挨拶すれば、以前と変わらない穏やかな笑みで青年は応えた。
久しぶりだな、と挨拶すればそうですね、と苦笑するような声が返ってくる。

長い戦いを共に過ごした、マードックとノイマンの二人であった。


















カガリを乗せた車がすでにセイラン家を出たという報告が入り、キラとマリューは行動を起こすべくあるドッグへと来ていた。
地下へと続くエレベーターに乗り込み、ガラスの向こうに見えるドッグの内部にキラは目を細める。壁に寄りかかっていたマリューが、ぽつりと言葉を漏らした。

「でも…本当にそれで良いのかしら」
「…ってか、もうそうするしかないし」

マリューの躊躇いは分かる。
いま自分たちがしようとしていることはとんでもないことだ。けれど、このままで良いと言えるような状況でも決してなくて。こちらのそんな想いを感じ取ったのか、マリューは物憂げに小さく溜め息を吐き出した。

エレベーターが目的地に到着し、キラとマリューはドッグへと進み出る。
そこには懐かしい白亜の巨艦があった。
そっとアメジストの瞳を細めて、キラはいま自分の中にある想いをとつとつと語る。

「本当は何が正しいのかなんて、僕たちもまだ…全然わからないけど。でも諦めちゃったらダメでしょ」

キャットウォークの手すりに手を置いて呟くと、マリューは静かに視線を自分たちの母艦であったアークエンジェルへと向けた。また再び、これに乗ることになろうとは。そう思っていた二人の背中に、エレベーターがまた到着する音が聞こえてくる。
振り返るとそこには変わらない笑顔で昔の仲間が立っていた。

「マードックさん、ノイマンさん!」
「よお、坊主。久しぶりだな」
「お元気そうで何よりです、ラミアス艦長」
「えぇ、二人も」

激戦を共に潜り抜けてきた心強い仲間たち。わしゃわしゃとこちらの髪を撫でて、少しでかくなったか?と笑うマードックにキラは笑みを零した。この少し乱暴な扱いでさえ、なんだか懐かしい。それらを微笑ましそうに見つめているマリューとノイマンも、以前のまま。

あんなにも避け続けていた過去と、こうして素直に向き直ることができている自分にキラは不思議な想いを抱いていた。

これはきっと、いつも傍で支えてくれていた大切なひとたちのおかげなのだろう。
そのことに感謝してもう一度アークエンジェルを見つめる。ずっと眠り続けていた心はもうない。ずっと支え励ましてくれていた存在のひとりである、カガリを今度は自分が助けなければ。

いま世界では何が起こっているのか、また起ころうとしているのか。

そのことは分からないけれど。

何か間違った方へと進み続けているのは分かるから。
だからキラは再びマリューの方へ視線を向けた。先に準備のために艦に乗り込んだマードックとノイマンを見送って、彼女もゆっくりと振り返る。穏やかで優しいマリューの視線に、キラは確かな口調で答えた。

「わかってるのに黙ってるのも駄目でしょ。その結果が何を生んだか…僕たちはよく知ってる」

自分たちには関係ない。まさか互いに滅ぼし合うことになるなんて、そんなはずはない。
そう思ってまるで他の世界の出来事のように、無関心でいた過去の自分。そしてその結果、世界はとんでもない方向へと進み続けてしまった。自分も、そして自分の親友も。大切な仲間たちも、他の大勢のひとも、たくさんの悲しみを経験し、たくさんのものを失ったあの大戦。

その戦火をより大きくした男を、自分たちは知っている。

世界の業とでもいうかのように生み出された自分と両極に位置する存在、ラウ・ル・クルーゼ。己というものを持たず、世界の影としてあり、世界の全てを憎んだ男。彼が自分に与えた毒はいまもなお、残ってはいるけれど。

「だからいかなくっちゃ…またあんな事になる前に」

プラントへ向けて放たれる核ミサイル。恐ろしいまでの破壊力を見せ付けたジェネシス。その脅威や凄惨さは二年たったいまでも、記憶から消えない。
そしてその戦いの中で失われたたくさんの命。

助けることが出来なかったフレイ。
アークエンジェルを救うために命を落としたムウ。

そしてアズラエルを道連れに宇宙の塵へと消えたドミニオン。それに乗っていたナタル。

自分たちが知っている中でも、こんなにたくさんのひとがいなくなってしまった。
そして自分たちが生き残っていまここにいる。そのことを後悔したこともあった。母親の胎内から生まれたわけではない自分が、果たしてここにいて生きていていいのかと苦悩したことも。
けれど自分のことを温かく包んで、その存在を望んでくれているひとがいることを知って。

そしてまた、自分も守りたいひとたちがいることを再び思い出した。

だから歩み続けるしかない。大切なひとたちが、笑っていられる世界を見つけるために。

静かなキラの決意を感じたマリューは、小さく笑って頷いてみせた。
そのために再び戦場に戻ることになると知ってはいても。もう知らないでは済まされないのだから。その先に生まれる悲しみを知っていて、動かずにいることは出来ない。

だから同じ気持ちのはずである片割れが、いま苦しんでいるのなら。それを助けたいと、キラは思うのだった。




















久しぶりに軍服に着替えたキラは、慣れない感覚に若干眉を寄せた。
二年前に来ていたのは地球軍の軍服だったが、今回はオーブのものである。そのことも何か違和感を感じさせているのかもしれない。出発まではもう少し時間があるとのことで、キラは少し迷った後で、廊下へと出て母たちがいるであろう部屋へと向かった。

再び戦いの中へと身を投じる自分を母はどう思うだろうか。そんな不安がある。

そのために少し足取りが重くなるが、ちょうど向こうからラクスが歩いてくるのが見えた。
恐らく子供たちとの別れを済ませてきたところなのだろう。こちらに気付くと柔かく笑って近づいて来る。

「キラも、ご挨拶ですか?」
「うん…。母さんに、謝っておこうと思って」
「そうですか。きっと、お待ちになってますわ」
「…そう、だね」

子供たちが泣かずに送り出してくれた、と成長を喜ぶラクスにキラの心も少しだけ落ち着きを取り戻す。そんなこちらの様子に気付いたのか、少女は緊張を解すためなのかふふっと悪戯っぽく笑ってくるりとその場で一回転した。

「いかがですか?キラ」
「え?」
「この新しい服、似合いますか?」
「あぁ、うん。なんだか久しぶりだよね、ラクスのそういう服」
「ふふ、バルトフェルド隊長が用意してくださったのですわ」
「なんでバルトフェルドさんが…」
「二年前の服をアレンジしてくださったそうです。子供たちにも好評で」
「うん、可愛いと思うよ」
「キラにそう言ってもらえると嬉しいですわ」

言葉通り、本当に嬉しそうにラクスがはにかむ。
少女のそんな姿に目を細めながら、でもその丈は短すぎじゃない…?と二年前にも思ったことを考えてしまった。ラクスの白い足が太腿まで見えるのは、ちょっと納得がいかない。しかし目の前の少女の嬉しそうな顔を見たら、それを口に出す気にもなれなくて。

「髪もアップにしたんだね。活動的な感じで新鮮かも」
「やっぱり気合を入れるにはこれが一番ですもの」
「そっか、髪型って大切かもね。女の子はそういうのができていいなぁ」
「楽しいですのよ?カガリさんも、髪型を変えるととっても雰囲気が変わりますし」
「あぁ…そうだね」

砂漠でドレスアップしたカガリのことを思い出す。あの姿には正直驚いた。
本当に女の子だったんだ…とそのままの気持ちをぽろりと呟いてしまって、カガリに随分と怒られたっけ。

「じゃあ、母さんのところ行ってくるね」
「はい」
「ラクス」
「はい?」
「ありがとう。ちょっと緊張が解れた」

そう言うと、きょとんと空色の瞳を瞬いた後で、ラクスは小さく笑った。

















ラクスらを見送るためにドッグの控え室へと案内されていたカリダたちの元へ顔を出すと、子供たちがすぐさま駆け寄ってきた。淋しい、という気持ちが顔に出ていながらも泣き出さない姿に、ラクスが言った通り子供たちの成長を感じる。

いってくるね、と小さな身体をひとりひとり抱き締めてから、マルキオに短く挨拶をして、キラは母へと振り返った。不安気に揺れるカリダの優しい瞳に心が痛みながらも、キラはゆっくりと近づく。
そっと抱き締めてくれる母の温もりに、そっと応えた。

「ごめんね…母さん。また…」
「いいのよ」

二年前もどれだけ心配させ、また悲しい思いをさせたか分からない。
自分の出生の秘密を知り、そしてたくさんの命に血塗られた息子を、それでも受けとめてくれたカリダにキラは心の底から感謝していた。そんな息子の気持ちを感じたのか分からないが、カリダがそっと腕を離してキラの顔を覗き込む。

「でも、ひとつだけ忘れないで。あなたの家はここよ」
「え?」

目を瞬くと、いつも見ていた母の優しい笑顔がそこにはあった。

「私はいつでもここにいて、そしてあなたを愛してるわ」
「母さん…」
「だから…必ず帰ってきて」
「…うん」

常に自分のことを見守り、愛し、慈しんでくれたカリダ。
かつては彼女らの本当の子供ではないと絶望したこともあったけれど。

自分にとって両親は彼等だけだ。いつも傍にいて、たくさんの愛情を注いでくれた彼等だけ。

そして自分が帰るべき場所はここなのだと、キラはもう一度母を抱き締めた。



















ラクスが艦橋へと入ると、すでにクルーたちは慣れた動作で出航準備へと入っていた。
それらを見守りながらラクスも席へと座る。

「機関、定格起動中。コンジット及びAPU正常」

そんな確認チェックの声を聞いていると、マリューも姿を見せた。それぞれに働く仲間たちを見回して、懐かしそうに目を細める。
そして操舵士の席に以前と同じように座るノイマンに笑みを浮かべ、その隣に座しているバルトフェルドを発見してわずかに迷うような表情になった。しかしそれに気付く様子もなく、バルトフェルドも艦の発進準備を続ける。

「気密隔壁及び水密隔壁、全閉鎖を確認。生命維持装置正常に機能中」
「あの…バルトフェルド隊長?」
「んー?」

マリューの控えめな呼びかけに振り返ったバルトフェルドに、確認作業をしていたクルーたちも手を止めて顔を上げた。それを感じながら、マリューは困ったように笑って艦長席であるシートを指差す。

「やっぱりこちらの席にお座りになりません?」
「いやいや、もとより人出不足なこの船だ。状況によっては僕は出ちゃうしね」

自分などより艦長としての能力はバルトフェルドの方が高い。そう思うからこそのマリューの言葉であったが、彼は楽しむように笑って肩をすくめる。確かにいざというときはバルトフェルドも出撃してしまうため、艦長として働くのは難しいのだけれど。
それでも躊躇うマリューに、バルトフェルドはにっと笑った。

「そこはやっぱり、貴女の席でしょう、ラミアス艦長」

力強い彼の言葉に他のクルーたちも笑って頷く。
皆の気持ちが嬉しくて、マリューも笑みを浮かべ目を閉じる。
それから表情を引き締めてから艦長席へと座った。懐かしい感覚に包まれながら、ここに座ることの重責もしっかりと思いに止める。

「主動力コンタクト、システムオールグリーン、アークエンジェル全ステーション、オンライン」

ノイマンの声が艦橋に響き、アークエンジェルのドッグ内に水が注ぎ込まれていく。
そこへ母との挨拶を済ませたキラもやって来た。

ラクスの傍に立って、小さく微笑みかける。そして発進するアークエンジェルの様子を静かに見守った。
新しく潜水機能も搭載したアークエンジェルはドッグを抜けて、オーブの海の中へと進んでいく。たった二年の間に随分と改良されたものだとキラは驚いた。これだけ少人数のクルーなのに、しっかりと艦を動かすことが出来ている。

「離水、アークエンジェル発進!」

マリューの声が発せられ、ゆっくりと海面から顔を出した白亜の艦が空へ舞う。
ついに戻って来た、またここへと。

アメジストの瞳を細めたキラは、自分がすべきことのために身を翻す。

「キラ」
「ん?」
「いってらっしゃいませ」
「…うん。いってきます」

笑顔で送り出してくれるラクスに、キラもそっと笑みを浮かべて歩き出す。

いまひとりで戦う姉のもとへ。

自分たちが行くべき道を、見つけるために。

もう二度と、あのような過ちを繰り返さないために。






















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