+++ 憩いのとき +++

      EX EX+α




+++  +++

「温泉があるんですか?」

驚いた様子のキラに、バルトフェルドは満足そうに頷いた。

「そうそう、その反応が見たかったんだ」
「はあ………」

まさかそれだけの事で、造ったんじゃないよな?とキラは不安になる。

オーブがいま戦火に巻き込まれようとしているのを悟り、キラたちはまた動き出した。
久しぶりにまた乗ることになった戦艦。
懐かしい白亜の装甲を輝かせ、以前と変わらない姿を見たときは、感慨にふけったものだ。

しかしそれだけではなかった。

「二年間の間に、色々とやったんですね」
「いきなり潜行するから、私も驚いた」

先の大戦ではアークエンジェルに潜水機能はなかった。もちろん温泉も。

「先ほど見てまいりましたら、本格的な温泉で驚きましたわ」

そう語るラクスの目は輝いている。

「それにあの暖簾、素敵なセンスですわね」
「え、暖簾まであるの?」
「はい。天使湯、と書いてあって。とても良い風情ですわ」

なぜそこまで本格的なものを目指すのだろう。

マリューはずっと苦笑している。きっと誰かの遊び心なのだろうが。

アスランとかが見たら、なんだこの緊張感のなさは…とか脱力しそう。

「残念ながら混浴ではないぞ」
「はっ!?」

にやにやと耳打ちしてくるバルトフェルドに、何を言い出すんだとキラは目を剥く。

「やっぱり温泉といえば、混浴がロマンだろう?」
「な、何言ってるんですか」
「安心したまえ、仕切りはあるが音は聞こえる」

誰もそんな事は望んでいない。
そう反論しようにも、ラクスたちがいる手前パニックに陥りそうになる。

「?何の話してるんだ」

話が聞こえていないカガリとラクスは不思議そうだ。
大人だからなのか、会話の流れが予想できているらしいマリューは、やや呆れた様子で。

「な、なんでもないよ」

どうして僕が冷や汗をかかなきゃいけないんだ、とキラは隣で笑っている男を恨めそうに睨む。

温泉があると聞いたときは少し嬉しかったのに、なんだか気が重くなってきた。

とりあえず、ラクスたちとは時間がかぶらないようにしよう。

密かにそう決意するキラだった。










































+++  +++



「掃除当番…ですか」

フリーダムの整備も終え、とくにする事のなくなったキラは、
マードックに声をかけられ足を止めた。

「あぁ、やっぱり交代でやらないとだろ」
「…ですね」

二年前とは状況が違う。
いまのアークエンジェルには乗組員が足りていない。まあ、二年前のときも足りていたかと聞かれれば、違っていたのだが。
だが軍に所属していたときには、雑用をこなしてくれる者がいたのに対し、いまは自分の事は自分でやるしかない。

温泉の掃除か……大変そうだなぁ。

何度か入ったが、けっこう広い。しかも岩風呂を真似て造ってあるため、不規則な形をしていて、掃除しにくい気がする。

「わりいんだけどな、坊主の当番がちっと多くなりそうなんだわ」
「構いませんよ。潜行している間は、あまり仕事ないですから」

パイロットであるキラは、自機の整備さえ終えてしまえば他にする事はあまりない。

「バルトフェルドさんの分も、誰かがやらないとですよね?」

いくら義手がついたとはいえ、掃除をさせるのは少し気が引ける。

「それで、当番表とかはあるんですか?」
「あーまだだ。造っといてくれるか?」
「はあ、分かりました」





「いいよな、男湯は」
 
食堂でパソコンに予定表を打ち込んでいたキラは、むかいで座っていたカガリの声に顔を上げた。
何が?と目で問い掛けると、ずずーっとドリンクを飲み干してカガリが呟く。

「人数多いから」
「は?」
「掃除当番、すぐには回ってこなさそうじゃん」
「あぁ、そういう事」

この艦内に女性は少ない。キラが知っているメンバーだけだと、ラクスとカガリとマリューしかいない。

「あぁー面倒くさい」
「仕方ないよ」

分かってるさ、そんな事。カガリがぶすっと呟く。
また画面に目を戻して、表にクルーの名前を打ち込んでいたキラは、急にカガリが黙ってしまった事に気付いてちらっと視線を上げる。
何か考えているようだ。

「なあ……キラ」
「何?」

声をかけておいて、また黙り込んでしまう。
なんだろう、とキーボードを叩く手を休めて顔を上げた。

「………あのさ」
「うん」

「ラクスが風呂を掃除してるの、想像つかなくないか」

………………………………。

「な?」

ここは頷いていいものだろうか。
だが確かに、彼女がブラシを持って掃除している姿は、あまり想像できない。

「楽しみそうだけどね」
「まあな。でも、ちゃんと掃除になるのか不安」

カガリはラクスのことを何だと思っているのだろう。
 
料理は上手だし、子供たちの相手をするのも好き。なら掃除ぐらいできそうじゃないか。

………………たぶん。

「カガリはすぐ想像つくね」
「どういう意味だそれは」
「別に」

ただ想像しやすいってだけで、他意はない。
しかしカガリの機嫌を損ねてしまったようだ。

「おい、キラかせっ!」
「え」

パソコンをぶんどって、カガリが物凄いスピードで何かを打ち込んでいく。

「ちょっとカガリ、何してるの」
「ふう」

満足そうな声と共に、カガリは打ち込みを終える。
いったい……と画面を覗き込むと、画面には有り得ないものが。

「ちょっ!なんだよこれっ!」
「へへーん、という事で頼むなキラ」

してやったり、という表情でカガリは食堂から出ていってしまう。
画面をまた見直して、勘弁してくれよ…と項垂れる。

「まあキラ、どうなさいましたの」

後ろから涼やかな声が聞こえ、ぎくりとキラは振り返る。
そこには想像通り、ピンクの髪を揺らしたラクスがいた。

「あら、当番表できましたの?」
「あ!ラクス!」

慌てて止めようとしたが、それは叶わず。
画面を見てラクスが青い瞳を大きく見開く。

あぁ………カガリ、なんてことしてくれるんだ。

自分の片われを心の中で呪い、キラは恐る恐るラクスを見上げる。
すると予想に反して、彼女はふわりと笑った。

「キラが女湯まで掃除してくださるのですか?」
「え、いや…これは」
「しかも毎日?」

そう、なんとカガリは女湯の予定表に、全部自分の名前を書いてくれたのだ。

「男湯の当番もありますのに、大丈夫ですか?」
「………えっと」

僕がやるのは決定なの?

「大変なようでしたら、いつでも声をかけてくださいませね。私もお手伝いいたします」
「あ、ありがとう」

ラクスの笑顔に気圧され、キラは頷いてしまった。
それにふふ、と可愛らしく笑ってラクスは食堂から出て行く。


………………なんか僕、利用されてない?
 
 
食堂では、深々と溜め息を吐くキラがいた。