+++ 憩いのとき +++
1 2 3 4 5 6 EX EX+α +++ 1 +++ 「温泉があるんですか?」 驚いた様子のキラに、バルトフェルドは満足そうに頷いた。 「そうそう、その反応が見たかったんだ」 「はあ………」 まさかそれだけの事で、造ったんじゃないよな?とキラは不安になる。 オーブがいま戦火に巻き込まれようとしているのを悟り、キラたちはまた動き出した。 久しぶりにまた乗ることになった戦艦。 懐かしい白亜の装甲を輝かせ、以前と変わらない姿を見たときは、感慨にふけったものだ。 しかしそれだけではなかった。 「二年間の間に、色々とやったんですね」 「いきなり潜行するから、私も驚いた」 先の大戦ではアークエンジェルに潜水機能はなかった。もちろん温泉も。 「先ほど見てまいりましたら、本格的な温泉で驚きましたわ」 そう語るラクスの目は輝いている。 「それにあの暖簾、素敵なセンスですわね」 「え、暖簾まであるの?」 「はい。天使湯、と書いてあって。とても良い風情ですわ」 なぜそこまで本格的なものを目指すのだろう。 マリューはずっと苦笑している。きっと誰かの遊び心なのだろうが。 アスランとかが見たら、なんだこの緊張感のなさは…とか脱力しそう。 「残念ながら混浴ではないぞ」 「はっ!?」 にやにやと耳打ちしてくるバルトフェルドに、何を言い出すんだとキラは目を剥く。 「やっぱり温泉といえば、混浴がロマンだろう?」 「な、何言ってるんですか」 「安心したまえ、仕切りはあるが音は聞こえる」 誰もそんな事は望んでいない。 そう反論しようにも、ラクスたちがいる手前パニックに陥りそうになる。 「?何の話してるんだ」 話が聞こえていないカガリとラクスは不思議そうだ。 大人だからなのか、会話の流れが予想できているらしいマリューは、やや呆れた様子で。 「な、なんでもないよ」 どうして僕が冷や汗をかかなきゃいけないんだ、とキラは隣で笑っている男を恨めそうに睨む。 温泉があると聞いたときは少し嬉しかったのに、なんだか気が重くなってきた。 とりあえず、ラクスたちとは時間がかぶらないようにしよう。 密かにそう決意するキラだった。 2へ +++ 2 +++ 「掃除当番…ですか」 フリーダムの整備も終え、とくにする事のなくなったキラは、 マードックに声をかけられ足を止めた。 「あぁ、やっぱり交代でやらないとだろ」 「…ですね」 二年前とは状況が違う。 いまのアークエンジェルには乗組員が足りていない。まあ、二年前のときも足りていたかと聞かれれば、違っていたのだが。 だが軍に所属していたときには、雑用をこなしてくれる者がいたのに対し、いまは自分の事は自分でやるしかない。 温泉の掃除か……大変そうだなぁ。 何度か入ったが、けっこう広い。しかも岩風呂を真似て造ってあるため、不規則な形をしていて、掃除しにくい気がする。 「わりいんだけどな、坊主の当番がちっと多くなりそうなんだわ」 「構いませんよ。潜行している間は、あまり仕事ないですから」 パイロットであるキラは、自機の整備さえ終えてしまえば他にする事はあまりない。 「バルトフェルドさんの分も、誰かがやらないとですよね?」 いくら義手がついたとはいえ、掃除をさせるのは少し気が引ける。 「それで、当番表とかはあるんですか?」 「あーまだだ。造っといてくれるか?」 「はあ、分かりました」 「いいよな、男湯は」 食堂でパソコンに予定表を打ち込んでいたキラは、むかいで座っていたカガリの声に顔を上げた。 何が?と目で問い掛けると、ずずーっとドリンクを飲み干してカガリが呟く。 「人数多いから」 「は?」 「掃除当番、すぐには回ってこなさそうじゃん」 「あぁ、そういう事」 この艦内に女性は少ない。キラが知っているメンバーだけだと、ラクスとカガリとマリューしかいない。 「あぁー面倒くさい」 「仕方ないよ」 分かってるさ、そんな事。カガリがぶすっと呟く。 また画面に目を戻して、表にクルーの名前を打ち込んでいたキラは、急にカガリが黙ってしまった事に気付いてちらっと視線を上げる。 何か考えているようだ。 「なあ……キラ」 「何?」 声をかけておいて、また黙り込んでしまう。 なんだろう、とキーボードを叩く手を休めて顔を上げた。 「………あのさ」 「うん」 「ラクスが風呂を掃除してるの、想像つかなくないか」 ………………………………。 「な?」 ここは頷いていいものだろうか。 だが確かに、彼女がブラシを持って掃除している姿は、あまり想像できない。 「楽しみそうだけどね」 「まあな。でも、ちゃんと掃除になるのか不安」 カガリはラクスのことを何だと思っているのだろう。 料理は上手だし、子供たちの相手をするのも好き。なら掃除ぐらいできそうじゃないか。 ………………たぶん。 「カガリはすぐ想像つくね」 「どういう意味だそれは」 「別に」 ただ想像しやすいってだけで、他意はない。 しかしカガリの機嫌を損ねてしまったようだ。 「おい、キラかせっ!」 「え」 パソコンをぶんどって、カガリが物凄いスピードで何かを打ち込んでいく。 「ちょっとカガリ、何してるの」 「ふう」 満足そうな声と共に、カガリは打ち込みを終える。 いったい……と画面を覗き込むと、画面には有り得ないものが。 「ちょっ!なんだよこれっ!」 「へへーん、という事で頼むなキラ」 してやったり、という表情でカガリは食堂から出ていってしまう。 画面をまた見直して、勘弁してくれよ…と項垂れる。 「まあキラ、どうなさいましたの」 後ろから涼やかな声が聞こえ、ぎくりとキラは振り返る。 そこには想像通り、ピンクの髪を揺らしたラクスがいた。 「あら、当番表できましたの?」 「あ!ラクス!」 慌てて止めようとしたが、それは叶わず。 画面を見てラクスが青い瞳を大きく見開く。 あぁ………カガリ、なんてことしてくれるんだ。 自分の片われを心の中で呪い、キラは恐る恐るラクスを見上げる。 すると予想に反して、彼女はふわりと笑った。 「キラが女湯まで掃除してくださるのですか?」 「え、いや…これは」 「しかも毎日?」 そう、なんとカガリは女湯の予定表に、全部自分の名前を書いてくれたのだ。 「男湯の当番もありますのに、大丈夫ですか?」 「………えっと」 僕がやるのは決定なの? 「大変なようでしたら、いつでも声をかけてくださいませね。私もお手伝いいたします」 「あ、ありがとう」 ラクスの笑顔に気圧され、キラは頷いてしまった。 それにふふ、と可愛らしく笑ってラクスは食堂から出て行く。 ………………なんか僕、利用されてない? 食堂では、深々と溜め息を吐くキラがいた。 3へ |