+++ 憩いのとき +++

      EX EX+α




+++ EX +++

   ※この話は、もしシンたちがアークエンジェルにきたらというものです。



「ミネルバとは随分違うのね」
「お姉ちゃん、あんまりきょろきょろしないでよ」

恥ずかしそうにメイリンが注意する。
しかしルナマリアはあまり気にしていないようで、いいじゃないと答えた。

「だってあのアークエンジェルよ?伝説の戦艦じゃない」
「実際にすごい強いしね」

女子の会話をおもしろくなさそうにシンが聞いている。

確かにアークエンジェルはとても強い。ミネルバですら、相手をするには難しいのだ。

だが素直にそう受け入れられるほど、自分は大人ではない。

「あ、あれラクス・クラインじゃないっ!?」

こちらを待っているのか、廊下のむこうで微笑む少女がいた。

ピンクの髪をゆったりとなびかせ、白い肌に柔らかな表情を浮かべている。まさに歌姫と呼ばれるにふさわしい姿だ。

そしてその隣で同じく優しい表情を浮かべている少年がいる。

自分と同じぐらいか、もしくは年上か。

穏やかな雰囲気に、ほっそりとした体が軍人らしさとは程遠いと感じてしまう。

「みなさん、ようこそ。ゆっくりしてくださいね」
「あ、ありがとうございます!」

背筋をぴっと正して言うルナに、ラクスは笑みを零す。
隣で寄り添っていた少年が笑みを絶やさないまま、こっちだよと歩き出す。とても優しい声だ。

「アスランとメイリンさんから、お話は伺っておりますわ。あなたがルナマリアさんですわね」
「はい!覚えてくださって光栄です!」

あぁ…ルナ。もう目がきらっきらしてるよ。

「それできみがシン、だよね?」
「あ、はい」
「よろしくね」

ふわりと微笑まれ、シンは毒気を抜かれたようにはあ、と頷いた。

「あれ?もうひとりいたよね。レイだっけ」
「あ、あいつは何か用があるとかで」
「そう、残念だね」

全く嫌味な感じがしない相手に、シンは早くも打ち解けはじめていた。とても珍しいことだ。

「僕はキラっていうんだ。キラ・ヤマト」
「シン・アスカです」

キラ………聞き覚えのある名前だ。

「キラ、ここにいたのか」
「アスラン」

曲がり角から現れたアスランに、シンはぎょっとした。
アスランの方も、少なからず驚いたようである。

「そうか、今日だったっけ」
「アスラン!お久しぶりです」
「あぁ、久しぶりだなルナマリア」

早速元気に挨拶するルナに、シンはまた不機嫌になっていく。

「アスラン、僕のこと探してたの?」

キラがさり気なく空気を変える。

「あぁ、フリーダムの調整すんだのか?」
「うん、大体はね。新しい装備が増えてて、ちょっと大変だったけど」

………………フリーダム?

「キラさんって、フリーダムのパイロットでしったけ?」

以前アスランとキラたちの会話を盗聴したことのあるルナは、思い出したように尋ねた。

「うん。ごめんね」

キラは少し悲しそうに瞳を揺らし、微笑む。

その顔を見て、シンは噴出しそうになった怒りが収まるのを感じた。

このひとは、戦うことを望んでいない。

「どうして謝るんです?」
「どんな理由であれ、きみたちに銃を向けたし。きっと失ったものもあるだろうから……」

本当に申し訳なさそうに語るキラに、シンは黙ってしまう。

自分だってきっと誰かの大切なひとを奪っているかもしれない。

「さあさあ、暗いお話はこれぐらいにして。せっかくですから、温泉にまいりましょう?」

ラクスの明るい声に、みんな頷くのだった。





浴場に辿り着いたルナは、目の前の光景に目を見開いた。

「すっごーい!本当に温泉だわー」
「お姉ちゃん、入るなら早くしてよ」

壁のむこうからそんな声が聞こえ、アスランとキラは苦笑した。
かくいうシンも、とても驚いていてきょろきょろと辺りを見回している。

不覚にも、懐かしいと思ってしまった。

オーブは火山があり、そのために温泉が多い国家なのだ。

よく自分も家族と一緒に入ったりしていた。

「シン、ちゃんと洗わないと。泡残ってるよ」
「え」
「ここ」

隣で身体を洗っていたキラが、シンの髪を桶の水でざばっと流す。
予想していなかったため、少し目に水が入った。

「な、何すんですか。予告ぐらいくださいよ」
「ごめんごめん」

くすくすと笑うキラに、シンはそれ以上言い返せない。

「あー……癒される」
「アスラン、親父くさい」

湯船に先に浸かっていたアスランの呟きに、キラがそうつっこむ。
アスランはほっとけ、と憮然としていた。

仲が良いんだな、とそのやり取りを眺めてシンは思う。

あんなに自然にしているアスランを見るのは、初めてかもしれない。

「シン?どうしたの」
「え」

我に返ると、アメジストの瞳が不思議そうに覗き込んでいる。
ち、近っ!!

「あ、なんでもないです」
「そう?じゃあ、そろそろ入ろうか」

ほのぼのとした二人の会話に、アスランは理不尽なものを感じた。
シンのやつ、自分とキラじゃ接し方が違わないか?


「あちらも楽しそうですわね」

髪を上でまとめあげ、細い首をさらしたラクスがそう微笑んだ。

「シンがなんだか素直じゃない?」
「キラさんのおかげだと思うよ」

なんでよ、とルナがつっつくと。うーんとね、とメイリンが小声で説明する。

「なんかね、キラさんって不思議と落ち着くの」
「まあ、ほわっとしてるものね」

それはラクスもだが。

「あんまりに柔らかいから、見てるこっちも棘がとれちゃうっていうか」
「へえ」
「キラはとても優しいですから」

ラクスがにこりと笑って言う。
いやそれは、あなたにも言えますよ。

「ラクスさまとキラさんって、似てますよね」
「そうですか?」
「はい。なんていうか、安心させる何かを持ってて」

自分と離れている間に、ラクスと親しくなっている妹にルナは悔しく思った。
アスランと一緒に脱走したっていうのも、まだ許してないんだからね。

「お似合いのカップルですよね」

………………………は?

「そう言っていただけると、嬉しいですわ。少し恥ずかしいですけれど」

そう言って照れたように笑うラクスは、とても愛らしい。
プラントで歌姫として愛されていた彼女だが、こんなに綺麗な笑顔を見たことはない。

きっと、彼だけがその表情を引き出せるのだ。

「ってラクスさまはアスランの婚約者じゃないんですかっ!?」

つい大声でそう言ってしまうと、壁のむこうからバッシャーンと何かが水中に沈む音が聞こえた。

しかしルナはそれどころではない。

「お姉ちゃん?」
「どうなさいましたか」
「え、いえ。だって私てっきり……」

混乱しているルナに、ラクスは優しく笑った。

「確かに私とアスランは婚約していましたが、先の大戦のときに解消されていますわ」

自分と父が反逆者として追われたため、自然とそうなったのだ。

「いまはお互いに大切な方がいますもの。ですから、とても良いお友達としてお付き合いさせていただいてます」
「そう……だったんですか」

脱力したようにルナが湯に身体を沈める。

知らなかった………。



「大丈夫?アスラン」
「げほっ、ごほっ」

ルナマリアの発言に撃沈したアスランは、しこたま水を飲んでしまい咳き込んでいる。
涙まで流している様子に、キラは苦笑しながら背中をさすってやった。

「さっきの、本当なんですか?」

遠慮がちにシンが尋ねると、キラがうんと頷いた。

「僕にとって、ラクスはとても大切なひとだから」
「うっ、ごほっごほっ」
「アスラン、うるさい」

やっと楽になったのか、アスランは身体から力を抜く。

「死ぬかと思った……」
「ってか、プラントじゃまだアスランはラクスの婚約者扱いなんだね」
「あぁ、俺も驚いた」

いきなりミーアに抱きつかれたときとか。ルナマリアから冷やかされたときとか。

「アスランにはカガリがいるのに」
「キラ、その名前は…」

慌てるアスランにキラは不思議そうにする。するとシンが不機嫌になっている事に気付いた。

「シン?どうしたの」
「別に」
「……シンは、アスハ家のこと良く思っていないから」

シンの身に降りかかったことを思い出し、キラは目を細める。

「そっか」

カガリの名前を聞くのも嫌なのだろうか。

「ちょっと残念だな」
「え?」
「カガリは僕の双子のお姉ちゃんだから」

本当は僕の方がお兄ちゃんがいいんだけどね、と笑うキラにシンは思考が停止しかけた。

………………双子?

「ええっ!?」
「そんなに驚くことかな?」
「だって、えっ!?そんな、正反対じゃないですかっ!!」

とても感情的で喧嘩っ早いカガリ。
穏やかで、優しく微笑んでいるキラ。

確かに顔は似ているかもしれないが。

「だからね、あんまりカガリのこと嫌わないでやって。すぐには無理でも、いつかは」

ここで押し付けたり、急かしたりしないのが良いなと思う。
だからキラの言葉なら、素直に頷いてしまう自分がいるのだ。

「………分かりました」
「ありがとう」

だんだんのぼせてきた。

そろそろ上がりたいんだけど、とシンは心の中で思った。




EV+α














































+++ EX+α +++




「じゃあ仕事にかかろうか、アスラン」
「そうだな」
「シンも手伝ってくれる?」
「え?」

風呂から上がり、水分補給も済ませてほっとしていたシンは首を傾げた。

俺が手伝うような仕事?

「もうこうなったら、シンも巻き添えだよね」
「だな」

何か不穏な言葉が聞こえる気がするのですが。

「で、何なんですか?」
「お風呂掃除」
「は?」

あまりにも予想していなかった事に、シンは間抜けな声を上げてしまった。

「使用したからには、誰かが掃除しないとだろ」
「そうですね」
「ということで、一緒に頑張ろうね」

にっこりと微笑まれれば、NOとも言えず。

「………分かりました」
「ありがとう」

その満面の笑みが恨めしい。
そうは思っても、何も言い返せないシンだった。





「はい、これデッキブラシ」
「どうも」
「アスランは浴槽の方頼める?終わったら手伝うから」
「あぁ、分かった」

「あの、ひとつ聞いてもいいですか」

恐る恐る声をかけると、何?とキラが振り返った。

「どうして……女湯の掃除を俺たちがするんですか?」

男湯なら分かるのだが、なぜ女湯。

「うん………ちょっと話すと長くなるんだよね」
「そうなのか?」
「アスランには話したでしょ」
「聞いたが………別に長くなるような話でもない気が………」

何か言った?と微笑むキラに、アスランは黙り込んだ。
ちょっと背後に黒いものが見えたのは気のせいですか?

「彼女が入った風呂を、他のやつらに使わせたくないとか?」

シンが呟くと、アスランもキラも目を丸くした。

「あ、違いました?」
「そっか。そういう捕らえ方もありかな」
「キラ………」

疲れたようにアスランが額に手を当てる。

「さあ、早く終わらそう。シンもよろしくね」
「あ、はい」

結局どんな理由で、女湯を掃除する事になったんだろう。

きっとその理由は一生分からないのだろう。

キラによって。






fin...?