+++ 憩いのとき +++

      EX EX+α




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「ずっと艦内にいるとさ、おかしくなりそうだよな」
「確かに、少々退屈ですわね」

 カポーン、と音がしそうな空間でラクスとカガリは語り合っていた。
 湯気が辺りを白く包む。

「そのために、この温泉があるのかしらね」

 お湯で肩を流しながら、マリューは微笑む。

「どうだろうな?遊びとかじゃないのか」
「どちらにしても、この温泉のおかげで良い気分転換になりますわね」

「それにしても、綺麗に掃除してくれてるのねキラくん」

 あの後、本当に女湯を掃除する羽目になってしまったキラだったが。
 ちゃんとまめに清掃をしているようである。

「まあ私らしか使わないから、そんなに汚れないけどな」

 それなら自分で掃除しよう、とは誰も言わないのであった。






そんな会話が繰り広げられていることも知らず、キラは今日もまた天使湯と書かれた暖簾の前へ来ていた。この時間なら女湯はもう使用されていないだろう。

あんなカガリの悪戯に付き合う自分を情けなく思いながら、アスランが戻ってきたら巻き添えにしよう、と黒いことも考えていた。

「さて…と。あれ?」

脱衣所に見慣れた物が落ちている。
拾い上げてから、これは間違いなくラクスの髪飾りだと確認した。
いつも髪にとめている黄金色の飾り。

忘れたのかな?

いつもしているのだから、お気に入りなのだろう。後で届けよう、とポケットに仕舞いキラは浴場へ入って行く。

「あ、キラご苦労様です」
「えっ、ラクス!?」

はい、と微笑むラクスにキラは目を丸くする。
一応服は着ているようなので、良かった。

「どうしたの?」
「いつもキラに掃除していただいて、私たち感謝しておりますのよ。何かお手伝いできる事はありませんか?」

そのために待ってくれていたのだろうか。

「うん、ありがと」
「いいえ。早速始めましょう」

デッキブラシを手に笑うラクスに、キラは苦笑した。
まさか二人で掃除することになるとは思わなかったから。


やはりラクスの手際はとても良かった。カガリの心配など必要なかったようだ。

「ラクスなら、良いお嫁さんになれそうだよね」
「そうですか?」

首を傾げるその仕草も愛らしい。

「でしたら、キラはとても素敵な旦那さまになれそうですわね」
「え、そう?」
「はい。とても優しくて、そして強い方ですもの」

本人を目の前にして、そんな事をはっきりと言える彼女はすごいと思う。
キラはわずかに頬を赤く染めた。

「ありがとう……。ラクスも優しいよ」
「ありがとうございます」

にこっと笑顔をむけられ、キラもそれに微笑みで応える。

自室へと戻る道で、キラがそうだとポケットを探った。

「ラクス、これ」
「あらあら、私いつのまに落としてしまったのでしょうか」

髪飾りを受け取ろうとしたラクスの細い手を、そっと遮りキラは柔らかな髪に触れる。

「僕がつけるよ」
「ありがとうございます。お願いしますわ」

本当に綺麗な髪だな、なんて思ってしまう。
錦糸のように触り心地の良いピンクの髪。それによく映える金色の髪飾り。

「はい、できたよ」
「ありがとうございますわ、キラ」

お互いに見つめあい、微笑む二人。

そんなキラとラクスを眺めている人影がいた。



「あそこまでくると、すごいですね」
「もうすでに廊下だってこと、忘れてそうだねえ」

楽しそうにバルトフェルドが呟く。
若いもんは…などとマードックはぼやいていた。
ノイマンは少し顔が赤い。

やっと仕事が終わり、それぞれ入浴に来た者たちなのだが、いま見た光景に話題が広がる。

本当は世界の情勢について、色々と考えなければならない事は多いのだけれど。

こうやって過ごす、暖かい時間も大切なのだと。

痛いほどに知っている者たちばかりだから。

















































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まあ、この場合は仕方ないかな。

ザフトと地球連合が戦闘をはじめ、それにオーブまでもが参加していることを知ったキラたちは、その争いに介入した。
やっと戦闘が終わっても、キラの心は晴れない。
結局は何もできなかった。

争いを止めることも。オーブ軍を説得することも。

物思いにふけっていたからだろうか、足は自然と温泉に向かっていた。

しばらく湯船に浸かり、ほっとしていると。

「うわ!なにするんだ、ラクス!やめろよ!」

隣の女湯からカガリの声と、水音が聞こえてくる。くすくすとラクスの笑い声も聞こえる。

時間がかぶらないようにしてたのに、見事にかぶってしまったらしい。
そして冒頭の結論へと至るのである。

その後のラクスの言葉は、とても心に響くものだった。

ラクスはきっと、迷うカガリのために言った言葉なのだろうが、それはいまのキラにも必要な言葉だったのかもしれない。

   
    まず決める そしてやり通す

    それが なにかをなすときの 唯一の方法ですわ きっと

 
あまりにも簡潔な言葉にキラは苦笑した。
それがとても難しいことも同時に感じながら。

迷うカガリは、その言葉に少し力を得たようだ。ラクスに礼を言って上がったらしい。
そしてまた沈黙が戻る。

「ねえラクス」
「キラ?いらっしゃったのですね」
「うん」

壁のむこうからは、穏やかな声が聞こえる。
ずり落ちそうになったタオルを、頭に戻しながらキラは口を開く。

「伝わると、いいよね。オーブのひとたちだけじゃなく、みんなに」

今回の戦闘だけではなく。
争うこと、血を流すことが悲しいことなのだと。

「そうですわね」
「もう……誰もが知ってるはずなのにね」
「えぇ。ですから、私たちは諦めずにいるのですわ」

みんなが穏やかな優しい世界を望んでいると、知っているから。
いつかきっと、願いが届くと信じているから。

「ふふ」
「?」

急に楽しそうに笑い出したラクスに、キラは壁の方へ視線を向けた。

「初めてですわね、こうしてお話するのは」
「あぁ、うん」
「こういうのもいいですわね。ゆっくりできて」

ちょっと恥ずかしいけどね。
心の中で呟きながら、キラはそうだねと答えた。

「私にも、できることがあるのでしょうか」
「………ラクス?」

彼女の声のトーンがいつもより低い。
顔が見えないのがもどかしい。まあ、この状態で向かい合っても困るのだが。

「私は、これ以上あなたに傷ついてほしくないのです」
「うん………」
「………ですが、何もしないでいるわけにもまいりません。それは分かっていますから」

自分の苦しみをそばで見つめ、そして優しく受けとめてくれたラクス。
でも彼女だって苦しんだのだ。先の大戦で父親を亡くし、それでも毅然として顔を上げて。

「そんなラクスだから、僕は守りたいと思うんだよ」
「………はい」

きっと彼女はコーディネイタの特殊部隊に襲撃された事を思い出しているのだろう。
そのために自分がまたフリーダムに乗り、戦うことになった日のことを。

「まだ本当に、たくさんの事が分からないけど。でも一緒に探していこう?」
「はい……。ありがとうございます、キラ」
「ううん、いつも僕の方が助けてもらってるし」

彼女も迷うし、弱音を吐きたいときだってあるだろう。
そんなときに自分が力になれたなら。

あ、なんだかぼうっとしてきたかも。

「そろそろ上がろうか、ラクス」
「ですわね」

まずはできる事からはじめよう。

愛するひとのために。

ここで互いに心の内を話せて良かった。

裸の付き合いっていうのも、悪くないかな?

少しだけ、バルトフェルドに感謝する気になったキラであった。